obsidian is gently shines
第8章 start line
「……エルヴィン」
「ん?」
ソファーに体を預けるエルヴィンの右肩越しに紅茶を差し出す。そうすれば『ありがとう』の一言と共に、大きな左手で包むようにして受け取ってくれる。
そのまま背中越しに覗き込めば、天井を仰ぎ見るエルヴィンと目があって。
風呂上がり、落ちた前髪にほんのり赤い顔。
何気ない瞬間、でもそれが嬉しくて、そっと前髪を一つまみ。
「続き、聞けなくなったでしょ」
「さぁ…何のことだろう?」
分かってるくせに、と笑いながら隣に座る。
石鹸のいい匂いにつられ、エルヴィンの右肩に頬擦りするのは二人の恒例だ。
「…参考にしたいと言ってもらえたのは嬉しいが」
「パパとしては複雑でもあり?」
「……うん…」
参考にしたい。
仲の良い二人のようになりたい。
リヴァイと二人で…
そうセチアが思っていると考えついた時、父親としてはどうにもこうにも、先が聞けなくなってしまったのは何故なのか。
決して二人が嫌いなわけではないのに、不思議なもので…
だから"ついうっかり"手がすべってカップを落としたのも偶然で。
「でも、いつか教えてあげたいな。
何せあの子の始まりだから」
「!!」
「私とエルヴィンの始まりは、
あの子の始まりでもある。でしょ?」
「そうだね…」
ここは一つ、覚悟を決めて。
一歩前に。
(…これが子離れ、というものか)
「…ナナバ」
「ん?」
「まだ、ちょっと、無理……」
「うん、いいんじゃない?
きっと"そんなパパ"のことが大好きだよ」
『勿論、私もね』
そう言われれば、ふっと心が軽くなる。
大丈夫。一歩前へ。
きっと、そう遠くないうちに。
大好きと言ってくれた君の、
優しい思いに応えるために。
Fin