第5章 あなたのためなら
突然の出来事で、頭が全く追い付かない。
―――夢だろうか。
私に触れているそのものは、優しくて、あたたかかった。
甘くて、とろけるようなこの感覚。
どうしても離したくない。離れたくない。
ローの唇は私の唇、そして心までも捕まえた。
離れていこうとする私をぎゅっと捕まえてくれた。
この一瞬のうちに私の心と体は繋がれた。
どれだけこうしていたのだろうか。
短い間だけだったはずなのに、時間が止まっているように感じられた。
ローの吐息が耳を掠める。
熱が離れていく。
様々なことを思いつくのに、何も言葉にならず、声にならない声だけがぱくぱくと宙を舞う。
「……リン…どこにも行くな…。」
そっと耳元で囁く声。
どくんっと心臓が跳ねる。
うまく呼吸ができない。胸の辺りに圧迫感を覚える。
喉は張り付いたように、動いてくれない。
いや、違う。
「リン…」
「ごめん…今は何も言わないで…」
私はこの手をとってはいけない。
“取引しようじゃないか。”
サカズキの言葉が頭をよぎり、さっき繋がった心と体を一瞬にしてバラバラに引き裂いていく。
今の私がローの言葉を聞いてしまったら、必死に閉じ込めている全てが飛び出してしまう。
「ごめん…。ちょっと頭冷やしてくるね…」
私はふらっと立ち上がり、空気の上を歩くように定まらない足で、そのまま外へ出た。