第1章 Live and let live
もはやここが自分の部屋ではないことなど明白だ。そこに関しては疑うつもりもないし、これが夢でも現実でも正直どちらでもいい。
これが私の部屋ではないとして、次に浮かんでくる疑問は「じゃあここはどこなのか?」。
ドアは壁沿いに歩いてる時に見つけた。普通のドアだ。
もちろん扉を開いて外に出てしまえばいいのだが、果たしてそれは得策なのか?
ここが元いた場所ではない以上、外に出たところで見慣れた家の廊下じゃないのはおそらく間違いないだろう。
ここが誰かの部屋だとしても、外は監獄かもしれないし、戦争真っ只中の国かもしれない。潜水艦の一室や、宇宙船に繋がってる可能性だってなくはないのだ。
この世に絶対などありえない。
扉の外が絶対に安全な世界であるとは言い切れなかった。
ここが夢の中だからなのか、それとも眠気が急に冷めた反動か、外へと繋がる扉を前にした私はかつてないほどに冷静で慎重だった。
少し耳をすますと、小さな波の音は未だ微かに聞こえることに気がついた。
ひょっとしたら外は無人島かもしれない。
暗闇に溶け込むように瞼を下ろし、弱々しくもある穏やかな海の音色に意識を集中させると、何故だかひどく懐かしく思えた。
ここではない、私の部屋の壁一面の本棚を埋めていたのは、10年分の分厚い少年ジャンプと、漫画『ONE PIECE』。
まだ小学生の頃、初めて読んだONE PIECEに完璧に魅入られた私は事あるごとに車で2時間かかる海まで連れて行ってもらっていた。
漫画の中の彼らは眩しいほどに自由で、全身で生きていた。
楽しい時でも、辛い時でも、ページをめくれば海を旅する彼らはいつでも私に必要なことを教えてくれた。
憧れだった海からは歳をとるに連れて遠ざかっていたものの、彼らは常に私の人生の指標であり、ONE PIECEは生涯にわたるバイブルになっていた。
将来の夢に海賊と書いて家庭訪問で本気で心配されたことを思い出して、少し口角が上がる。
……危ない、半分寝落ちていた。
暗闇と、静寂、そこに微かな心地の良い音色。
だんだんとフワフワする頭はまるで夢にどんどんと吸い込まれていくようだった。