第1章 Live and let live
私の足を襲ったもの、明らかにいつもの部屋にはないそれを確認するためにと電気を点けようとしたが、今度は電気のスイッチが見当たらない。
壁伝いにペタペタと歩いても、あるのは木の壁ばかり。
ちなみに私の部屋は木の壁ではないし、あるはずの場所から扉も消えていた。
ぶつけた足が鈍く痛む。
さっきから頭を離れない「部屋が変わった」という可能性に、いやでも…とどうしても信じたくない自分がいた。
もう頭は抜群に冴えているし、きっとこれは夢ではないのだろう。
それとも今まで私が現実だと思っていた全てが夢で、こっちが現実なのだろうか。
部屋の外が水没している現実などあってたまるかと思いながらも、常識では打ち勝てない「現状」の数々に脳はもうとっくに仕事を放棄したがっていた。
それにしてもいやに暗い部屋だった。
外には今まで見たことのないくらいの大きな満月が出ていたというのに、自分の手を左右に振って辛うじて目が開いていることを確認できるほどの暗さ。
待て、月明かりがあるのにここまで暗いか?と思い出したように窓の方へ振り返ると
「ええ……」
今度は窓がなくなっていた。
大きなガラスいっぱいに入り込んでいた淡い光のあった場所にはただ真っ暗な闇が広がるだけで、思わず出た気の抜けた声が吸い込まれていった。
窓の外が急に海になったかと思えば部屋が変わり、終いにはその窓すらも跡形もなく消え去っている。
だんだんと目が慣れ、ある程度の物が見えるようになると得体の知れないものに足をぶつけることもなくなった。
窓のあったあたりを触ってもあるのは見た目通りの壁ばかりで、別に仕掛け扉なんてものはない。
少し低い簡素なベッドには、薄い布団が乱雑に広がり、少し前まで誰かが使っていたらしい。
さっき私に噛み付いた張本人であろう高めの足の机は、触ってみるとかなり使い古されているのがわかった。
低い天井まで届きそうな本棚は分厚い本がぎっしり詰まっていて、背表紙の文字は見えないが、これもまた長い年月を過ごしたものように見える。
物は少なく、私の部屋とは随分雰囲気も違うが、唯一部屋の壁一面を陣取る本棚だけはなんだか似ていて、ほんの少しだけ心が落ち着いたような気がした。