第1章 Live and let live
「ついてきな」
彼の身長ギリギリの扉を開けて外に出るよう促された。少し屈んで出入りするらしい。
多少落ち着いたとは言え心臓のバクバクは治らず、全身の神経が逆立ってるような気がした。
一歩外に出ると途端に人の気配がして、部屋の中の、あの深すぎる静寂と暗闇が、まるで嘘みたいだった。上の方から声も聞こえる。たくさんの海賊たちだ。
長い長い一本道の廊下は左右に無数のドアが並んでいて、木の床が彼の歩調に合わせてギシギシと歪む。私の足では鳴らないようだから、彼はよほど背丈と体格に見合った体重なのだろう。
少し進んだところで反対側から数人の男たちが歩いてきて、マルコを見るなり立ち止まって会釈をした。
「あ、隊長!お疲れ様です。…?なんすかそのガキ」
身長的に完全に彼の後ろに隠れてしまう私を覗き込んだ男たちは、不思議そうに聞いた。わからなくもないがガキとは幾らか納得いかない。
が、そんなことを言えるはずもなく、声をなくしたように数歩下がって距離を取るしかできない。
目の前で実際に触れる距離にいる彼らが『海賊』だと思うと、情けないが恐ろしくないと言えば嘘になるのだ。
紙面ではあれだけ憧れていたが、平和ボケしたただの女子大生など所詮は弱者に過ぎない。
「…迷い込んだらしいよい。敵意はねェみたいだから親父に相談しに行くところだ」
振り返って若干顔の引きつる私を見たマルコが少しだけ笑った。
「そういえば幾つなんだよい、お前?」
ガキ、と呼ばれたことで彼らから見たら背の小さいわたしに興味が湧いたようだった。
「…今年で20歳です」
「にじゅう!?!?!?!?!」
男たちの声が揃って上擦った。
マルコの目も少し驚いた様に開かれた気がする。
「…驚いたねい。せいぜい12、3のガキかと」
「どこの生まれなんだ?お前の国はどいつもそんな小せえのか」
どこの、どこの…。一瞬県名を言いそうになって寸でのところで飲み込んだ。学校の自己紹介じゃないのだ。
そして最適解を探す前にマルコに遮られた。
「とりあえずこいつのことは親父に相談しに行くとこだよい。また後で話せるだろうからお前らは持ち場に戻れよい。」
そっすね!とヤンキーのような無駄に元気の良い返事をして去る彼らに、思わず軽く会釈をしてしまった。