第3章 子供
百之助の家にお邪魔すると、あんこう鍋のいい出汁の香りが広がる。玄関扉を開けて挨拶をするも返事は返ってこなく、台所の方に指を差される。
そこには端正に夕食の支度をする母親の後ろ姿があった。
【百之助】
いまは何を言っても無駄だよ。あんこう鍋のことしか頭にないから。
無表情のまま答える百之助。
そこにわずかでも哀しみの色があればと思うのだが、それさえも失ってしまったように母の後ろ姿を見続けている。
いや、それとも今の俺には見えないだけで、鳥を撃ったのにも関係しているのかもしれない。
今はこの母親と離れるのがいい機会かもしれない。
俺はこの親子を救いたい。
それはずっと、日ごろから思ってきたことだ。
【慶次】
それでも無視していくわけにはいかないだろ。──今晩、百之助くんをうちに招待したく参上しました。夜は遅くなると思うので、あわせて宿泊の許可を頂きたく存じます。
【百之助】
泊まるって言ってない。
食事には誘ったが、すかさず宿泊の許可まで許した覚えはないと指摘を受ける。
やっぱり俺は百之助に一目惹かれている。
もっと一緒にいたい。
一緒にいれば、俺だけにしか分からないことも見付けられるかもしれない。
そんな未知数の可愛らしさをもつ、撫で心地が良さそうないがぐり頭を撫でてやる。
【慶次】
俺に付き合ってくれないか?悪いようにはしないからさ。
【百之助】
・・・・・・・・分かった。
百之助は俺のことを少しでもいい奴と思ってくれているのか。ただの世話焼きのお兄さんなのか。今はなんだっていい。
少しでも長くいられるのなら。
念のため画帖に一筆して書き残し、百之助の手を取って家をあとにした。