第15章 思い出作り
満20歳以上の男子に兵役の義務が課されており、家の跡継ぎだった俺は兵役免除となった。兵役を逃れるために年貢を納めれば免れることもできるが、百之助は「一人前」の証を得るには必要なことだといってその厚意を受け取る様子は全く見せない。
【百之助】
また膨れてんのか?餓鬼じゃあるまいし、いい加減機嫌直せよ。
仕事が終わってから、百之助が寝床にしている二階に押しかけて膝の上に寝転がる。不貞腐れた顔をしていると額を小突かれた。
【慶次】
本当に行く気か?日清戦争だってつい最近起きたんだぞ。またいつ戦争が起きるか分かったもんじゃない。
【百之助】
温室育ちの甘ちゃんじゃ、アンタがいう「親に認められたい」っていうのに反する。それにアンタが一番心配してるのは徴兵検査だろ?俺が鶏姦だって知れたら台無しだもんな。
【慶次】
そうだな。お前の尻を弄らせたくないのもあるが、第一、戦地に赴くようなことはさせたくない。お前が死んだら俺は・・・・。
【百之助】
俺を追いかけて死ぬのか?それとも母のように亡霊に憑りつかれるか・・・・。それも悪くないが、俺はまだこの世界で生きたいんでね。そうやすやすと死んでたまるか。
分かってる。百之助は簡単には死なない男だ。それでも引き留めて置きたいと思ってしまうのは、俺のただの我儘だ。
どうすれば素直に送り出せるのかと考えていると、階段を昇ってくる足音が耳に入る。百之助の膝の上から頭を上げて視線を向けると、雑誌を持ったすずがやって来た。
【慶次】
何だ、すずか。
【すず】
ちょうど二人を探してたのよ。いい話を持ってきたからちょっと聞きなさいな。
何かを企んでいるすずの魂胆が分からないまま、手に持っていた雑誌を床に広げた。