第9章 結婚
定期的に散髪しているとはいえど予告宣言もしていないし、裏庭を覗いているんじゃないかと思うくらいここ何年もピタリと当ててやってくる。
すずは近所に住む三姉妹の次女で、長女と俺は同級生なので妹みたいな存在でよく一緒に遊んでいた。
既に呆れるどころか感心すら覚える。
【慶次】
来ちゃった、じゃないよ。俺は理容師じゃないんだ。
【すず】
近くの理髪店じゃ私好みに切ってくれないんだもの。最初に切ってくれたのが慶次なんだから、ちゃんと責任とってちょうだいな。
【慶次】
俺は揃えてやっただけだ。女が断髪して良いことなんてないっていつも言ってるだろ。いい加減伸ばせよ。
そう言うとムスッとした顔になる。昔から女は髪が長くて結っており、肩より短くしている女なんてのはすずくらいしか見たことがない。
俺は呆れてものが言えなくなり、手招きだけして椅子に座らせる。すると嬉しそうな笑い顔を浮かべてやってきて、縁側にいた百之助はいつの間にか姿を消していた。
【慶次】
前と同じに切り揃えていいのか?
【すず】
うん。・・・・まだ縁談の相手決まらないの?
櫛で髪の毛を梳かしていると、すずはおもむろに訪ねて来た。
半年前からうちの両親は縁談話を進めており、年頃のいい娘がたくさんいるので誰がいい人いないのかと尋ねてくるが、どれもパッとしない。
正直いって俺に結婚願望はない。
あるとすれば──。
【慶次】
お前も適齢期だろ。美人だから良縁に恵まれるだろうし、どこのボンボンに貢がせるんだ?
【すず】
あなた以外の誰かよ。嫁入り候補に名前はないし、私を大切にしてくれる人なら誰だっていいわ。
──安心してね。あなたに奥さんが出来たら、私はもうここには来ないし、ちゃんと髪も伸ばすから。
艶のいい髪の毛を指で挟み、剃刀で丁寧にすきながら、はじめて髪を切ってやった日のことを思い出した。