第7章 丁稚奉公
──俺は今、百之助の家にいる。
目の前には二人の親子。
肩を震わせ泣いている母。
抱きしめられているその子供。
ずっとこれまで追いかけることしか出来なかった背中はもうここにはない。
温かい日の光が差し込み、二人を祝福するように優しく照らす。この親子はもうすれ違うことはない。
【慶次】
(よかった・・・・。本当によかったな、百之助。)
ようやく安心して見届けられると、零れ落ちそうな涙を拭う。
螺鈿細工が完成するにつれて、百之助は困惑する様子を見せていた。
母を取り戻すことが出来るのか。
母を救うことが出来るのか。
自分のことを見てくれるのか。
自分のことを愛してくれるのか。
これまで味わってきた苦しみ。
親に恵まれて愛されて育ってきた俺には到底、どれほど辛い思いをしてきたのかも分からない。
手を差し伸べてもなかなか受け入れてはくれなかった。
それは当たり前だと思う。
一番大切な人に見向きもされなかったのだから、赤の他人の手をとるなんてことは難しかっただろう。
自分を産んだ母親に目を向けられず育ち、祖父母に育てられたと百之助は言っていた。
祖父母の話しによると、百之助を産む前は浅草で芸者をし、そこで軍人と出会い、その男と恋仲になって百之助が宿った。
しかし、その男には本妻がいて、本妻との間に男の子が産まれると顔をぱったり見せなくなり、祖母はそれを見かねて茨城の実家に引き戻したという。
百之助はどう思っただろう。
年頃になって、自分がなぜ産まれてきたのだろうかと悩んだはずだ。父親に捨てられ、母親にも見捨てられ、自分はなぜ産まれてきたのだろうかと。
愛し合っている二人の間に産まれたのに愛されることがなかった。母は狂ったように毎日毎日あんこう鍋を作って、夫の帰りを待ち続ける。目の前にはその子供がいるというのに帰って気もしない夫を待ち続ける。
鳥を撃って、母の気を引こうとした。
それ以前に色々なことを試しただろう。でも母は背中を向けるばかりで夫の帰りを待ち続ける。