第22章 帽子屋ルート(分岐)
「私は、そのクラスメイトを殴りました。怒りを抑えることができなかった。殴って殴って殴って、殴り続けて……止めに入った教師すら、私の敵でしかなかった」
クラスメイトと教師はひどいケガを負い、救急車で病院に運ばれたのだと、遥都先輩は続けた。
「壊れた万年筆を見て、私は思いました。『もう、大切なものを失いたくない』と。……けれど、どれだけ大切にしても物は突然壊れ、人の命は理不尽の前にどうすることもできない。そう気づいたとき、私は部屋中の物を全て壊しました」
「え、どうして……」
大切な物を失いたくないのに、壊してしまっては本末転倒ではないか。
「壊してしまえば、もう壊れることはありません。そう、最初からそうしておけば良かった。壊しておけば、もう失う恐怖に怯える必要はないのです。部屋の中の物を壊して、私はようやく安心することができました」
彼の昼間の言葉を思い出す。
大切なものが損なわれれば「悲しい」と感じる私に。
それが私と遥都先輩を隔てる決定的な一線だと。
彼は悲しいなんて感じないんだ。
遥都先輩を襲うのは、気が狂うほどの『後悔』。
「壊れてしまっても、私にとって大切なことに変わりはありません。壊れても、私は変わらぬ愛情を持って大切にできる。……けれど、人は同じようにはいきません。『壊す』ことは簡単でも、世間はそれを理解してはくれない。ボディーガードである黒服たちを毎日変えるのも、情が移って『壊したく』なってしまうと困りますから」
「壊すって……人間は物じゃないのよ? そんな言い方……っ」
「私が周囲と距離を置き、できるだけ安価で代えが利く物を使うようになったのは、その頃からです。残念ながら、祖母とジンジャーは間に合いませんでしたが……」
私は彼の狂気ともとれるセリフにゾッとした。
いつもは穏やかな瞳を恐ろしく感じる。