第21章 白ウサギの正義(白ウサギEND 帽子屋ver.)
「……黒服を、下がらせておいて、良かった……」
「まさか……シロに殺されるって分かってて……?」
だから、わざと黒服の男を屋上に入れなかった。
彼は遥都先輩のボディーガードだから。
私は屋上の入り口を見た。騒ぎに気づいていないのか、それとも気づいていないフリをしているのか、黒服の男が来る気配はない。
「来ませんよ……彼らにとって、主人の命令は絶対です。たとえ主人が人を殺しても、主人が人を殺すように命じても、主人の命令で主人が命を落とすことになっても……主人の望みを忠実に守ることこそが、彼らの行動理念ですから……万が一にも彼女に嫌疑が掛からぬよう手配を……」
それではただの人形ではないか。
「白ウサギのことは大丈夫です……黒服には、全てを伝えてありますから……」
「そんなこと聞いてない!!」
奥歯を噛むと、遥都先輩は弱々しく手を伸ばして私の頬に触れた。
そして、瀕死とは思えない力で私を押し倒す。
肌が青白くなる遥都先輩の向こう側に、夕日に赤く染まった、血のような夕焼けが広がっていた。
ポタポタと落ちる彼の血液が私の制服を濡らし、赤い染みを作る。
「あぁ……アリス……貴女が生きていてくれて嬉しい……私はその為にこの結末を望んだのに……貴女が生きていることを心底恨めしく思ってしまう。この手で貴女を壊せないことが……私を忘れてこの先を生きていく貴女を思うと……胸が張り裂けてしまいそうだ……ッ」
遥都先輩が私の首に手を掛ける。
彼は苦しそうに、悲しそうに端正な顔を歪めて涙を流した。
私を想って……。
「アリス……いっそ、このまま私と……」
人の涙を綺麗だと感じたのは初めてだった。
それも、いいかもしれない。
このまま、彼と共に――……。
私は目を閉じる。
その暗闇も、決して怖くはなかった。
首に掛けられた手に力が込められる。
だが、訪れるはずの静寂は、いくら待っても来なかった。
私はゆっくりと目を開ける。
それと同時に、遥都先輩はぐったりと私の上に倒れた。