第18章 オレのアリス(眠りネズミ恋愛END)
……保健室。
祢津と過ごした時間のほとんどはここだ。
祢津と出会ったのも……。
無意識に、ここへ来てしまうなんて。
窓から差し込む朱色の夕焼けが、私を感傷的な気分にする。
突如、バンッとドアが開かれた。
振り返ると、息を切らした祢津がこちらを見ている。
「はぁ、はぁ……アリ、ス……」
初めて呼ばれた名前に、私は肩を震わせた。
「……………」
何も言えない私に、祢津はゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「ごめん……オレ、キミが傷ついてるなんて思わなくて……」
傷ついているなんて……思ったことはない、はずだ。
だが、言葉が喉に張りついて出てくれなかった。
「私は……」
そこまで言って、私は何を言えばいいのか分からず、言葉を区切った。
夕焼け色の重たい沈黙が降りる。
しばらくして、祢津は口を開いた。
「本当は分かってたんだ。アリサはオレとは違う世界に住んでいる……現実にはいない、存在。だから、最初は嬉しかった。絶対に会えないはずの『アリサ』に会えた気がして……嬉しかった。でも、キミはアリサとは違った。性格も表情も……アリサとは違う」
訥々(とつとつ)と語る祢津の言葉を、私は黙って聞いた。
「それでもオレがキミを『アリサ』って呼んでいたのは……キミが『アリサじゃない』って、言う度に、困ったような、少し怒った顔をするキミが可愛くて……だからオレ……そんなキミの顔が見たかったから……」
……カワイイ?
そんな風に思っていたなんて、知らなかった。
呆然とする私の頬に、彼は手を伸ばしてくる。
「好きだよ、キミが……きっと、初めて会ったときから、ずっと……」
泣いてしまいそうな表情。
このときになってようやく、あのときの悲しみや苦しみが何だったのかが分かった。
「……もう、いい……」
私は倒れるようにして祢津の胸に身体を預ける。
彼の胸からは早すぎるくらいの心臓の鼓動が聞こえた。
祢津の背中へ手を回して、力の限りギュッと抱きしめると、彼も私を抱きしめてくれる。
やがて私たちは互いを解放した。
夕焼けに染まる保健室の中で、私たちは唇を重ねる。
そして。
「……大好きだよ、オレのアリス……」
【オレのアリス/眠りネズミ恋愛END】