第6章 屋上の帽子屋(帽子屋ルート)
「どうして?」
混乱した私は、ようやくそれだけを口にした。
「貴女は、もうここに来てはいけません」
固い声音と真剣な表情。
「そんな……私、何かした?」
気に障ることをした覚えはない。
今日だっていつも通り、他愛のない話をしていただけだ。
それでも、気づかないところで彼を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか?
だが、遥都先輩は首を横に振ってそれを否定した。
「いいえ、全てこちらの都合です。アリスは何も悪くはありません。ただ、ここには来ない方がいい。あの乱暴な生徒指導の教師も、明日にはまた来るでしょう」
「そんなこといちいち気にしない。授業をサボっているのは私だし、怒られるのは当然のことだもの」
生徒指導の件が建前であることはすぐに分かった。
それでも彼は、ただ「来ないで」を繰り返すばかりで、明確な理由を口にしようとはしない。
やがて遥都先輩は、いつまでも納得しない私を立たせ、屋上の入口へ引っ張って行く。
「ちょ……遥都先輩!?」
生徒指導のように乱暴ではなかったが、人を引っ張るなど、普段の彼からは考えられないやり方だった。
だからこそ、本気で言っているのだと伝わってくる。
「遥都先輩!」
「アリス」
私を呼ぶ彼の声が。どこか震えているような気がした。
黙っていると、遥都先輩は私の髪に触れる。
「アリス、貴女には大切なものがありますか?」
「大切なもの?」
「そう、大切なものです。大切な人、大切に思っている物はありますか?」
なぜそんなこと聞くのだろう。
大切な人。そう言われて思いつくのは、当然家族だ。
両親、姉、飼い猫……家族ではないが、シロも大切な友人だ。
大切にしている物だって、少なからずある。
それに――……。
真剣な瞳で私を見つめる遥都先輩から、私は視線を逸らせられない。
遥都先輩だって、私にとっては『大切』だ。
少なくとも、彼と過ごす時間が心地よいと思う程度には。