第6章 屋上の帽子屋(帽子屋ルート)
「感心しませんね、女性に乱暴な真似をするとは。紳士の風上にもおけない」
イスに座ったまま、遥都先輩はゾッとするほど冷たい声音を投げる。
彼が怒ったところを、私は初めて目にした。
怒りの表情すら美しいが、研ぎ澄まされたそれは鋭利な刃物のようで、私は恐怖さえ感じてしまう。
「今日のところはお帰り下さい。私の大切なアリスに手を上げたこと、深く反省していただきたい」
授業をサボっていることを棚に上げて、遥都先輩は切り捨てた。
「く、クソッ! 覚えてろよ!!」
三流の悪役染みた捨て台詞を残し、生徒指導は黒服の男に屋上から追い出された。
風が紅茶の香りを広げ、私はその香りに心を落ち着ける。
「大丈夫ですか? アリス」
「うん、少しびっくりしただけ。ありがとうございました」
いつもの遥都先輩だ。
先ほどの刃物のような恐ろしさは消え、いつもの穏やかな彼に戻っている。
私はそのことに安堵した。
本当は、腕はまだ鈍い痛みを訴え、その上ちょっと怖かったのだが、私は強がって見せる。
そんな私に遥都先輩は何も言わず、それでも全てを見透かしたような笑みを浮かべた。
* * *
午後の予鈴が鳴る。
それを合図に、遥都先輩は紙コップをテーブルに置いた。
「アリス。予鈴が鳴りましたよ。貴女は教室へ戻りなさい」
「え?」
今さらな話に、私の頭には疑問符しか浮かばない。
今日、この屋上へ来たときだって授業中だったし、それに今までだって、授業に出ることなくお茶会を続けたことだってある。
何より、遥都先輩本人は教室へ戻る気配はない。
彼にそんなことを言う資格はないのだ。