第3章 惚れたら負け
「それでは次のページを、荻原」
三時間目の現代文、先生は彼女を指して音読をするように指示を出す、が。
当の彼女は何処吹く風。
かろうじて教科書は現代文だったがノートに下らない落書きをしている最中で。
「次のページ、萩原。萩原ひまり」
ついにフルネームで呼び出すわけだけど、このバカ女はまだ聞いてない。
「萩原っ、聞いてるのか!?」
声を荒げる先生、ようやく気付いた萩原が肩をビクリとさせ顔を上げる。
「え~と、ハイ?」
「ハイ?じゃない。さっさと読め、お前一人のために何分無駄にしてると思ってるんだ」
え~何よそれ、と慌てて彼女はページを捲るも、現在やってる単元すら理解出来てないようだ。
的外れなページを開いてやばい、と呟いてる。
「..32」
僕は隣の彼女にコッソリ話し掛けた。
そして、思わず身体が跳ね返りそうなくらいにビクリとなる。
何故ならこれが僕と彼女の初会話だからだ。
いや、会話というにはあまりにも一方的だが。
「..え」
彼女は訝しげに一瞬僕を見て、それから教科書を再び慌てて捲る。
「32ページの、三行目から」
もう一度彼女へと話し掛ける。
彼女は目的の行に辿り着いたのか音読をし始めるが、僕の心臓がかなりうるさく鳴りっぱなしだった。
よし、そこまで、と先生の声が聞こえてきてもまだ、心臓がうるさく音を立てる。
このバカ女に声を掛けただけでこれ程動揺するなんて、恋の力とは恐ろしい、のだろうか。
「ありがと、」
彼女が僕へと笑いかける。
その視線に耐えきれずすぐに目を逸らすが、その直後に後悔の渦だ。
今のって最悪に感じ悪いんじゃないか、とか。
せめて何か一言でも気の利いた返事をどうして彼女に返せないんだ、とか。
恋をする方はいつでもこんなにゴチャゴチャ考え悩んで苦しむのに、恋をされた側の彼女はなんてことなくまたノートに絵を描くのに没頭し始めるのだから本当に理不尽だ。