第9章 恋敵
さくらのために何かしてやりたいと思っているのは信長だけではない。
表情には出さないが、家康と椿の二人を見て、皆がそれぞれの感情を抱いていた。
「何なのでしょうか、あの方は。少し家康様に馴れ馴れしいのでは…」
「くくっ、仕方あるまい。家康の自称許嫁、らしいからな」
「自称、ですか」
首を傾げる三成をみて、光秀はニヤリと笑う。
「家康との縁談は白紙になっている。父親が信長様に近づこうと娘の恋心を利用して最近になって再び縁談を申し込んだようだが、それも断っている」
だから“自称”だ、と、何を考えているのか分からない表情の笑みを浮かべる。
「あの娘のことだ、何をしでかすか分からん。目を光らせていた方がいいだろうな」
さくらは家康の恋人だが、それ以前に信長様のお気に入りだ。
信長様だけではない。安土城の者たち、それから春日山城の者たちもさくらがお気に入りだ。
誰もが思っているだろう。手を出すことは許さない、と。
もし万が一のことがあれば…例え女であってもただでは済まないだろう。
チラッと椿の方を見れば、椿はずっと家康の腕にくっついている。
好いた女に抱きつかれるのは嬉しいが、そうでない女に抱きつかれても不愉快でしかない。
家康の顔がそう物語っている。
あからさまに態度に出ているのにそれに気付かないのか、気付かないふりをしているのか……、どちらにせよ図太い女だ。
信長さまの警告もきっと分かっていないのだろう。
さくらの方に目線を移せば、本人は気付いていないのだろうが寂しそうな表情で家康たちを見ている。
光秀がフッと不敵な笑みを浮かべた。
さくらに手を出したらそれ相応の罰を与えてやろう。
そんな物騒なことを考えている光秀もまた、さくらのことを気に入っているのだ。
頑張り屋で、気配りができる…しかし一筋縄ではいかない娘だ。
男女問わず割と人から好かれる性格をしているが、椿のような女からしてみたら、妬ましく邪魔でしかないだろう。
「光秀さんが不気味に微笑んでる…!」
怖っ!と小さく呟いているが、残念だったな。俺の耳は地獄耳だ。しっかりと聞こえている。
「今のお前の笑った顔も不気味だがな」
作った笑顔は似合わない。
俺たちが守ってやるから、今は無理して笑わなくてもいいんだ。