第9章 恋敵
「ちょっとあんた、一体何なのよ!」
ドンッと身体を押され、さくらは思いっきり尻もちをついた。
「いたた…」と、腰を摩りながら立とうとするが、立ち上がることは許さないとばかりにもう一度身体を押す。
「きゃっ」
「何が“きゃっ”よ。女中の分際で身の程をわきまえなさいよね!」
椿は腕を組んで見下ろす形で睨んでいる。
宴の日から一週間が経ったある日のことだった。いきなり針子部屋にやってきてさくらに突っかかってきたのだ。
「ほんと気に入らないわ!家康に色目使って近づくなんて最低よ!!女中なら女中らしく、床に這いつくばって掃除でもしてなさいよ!」
酷い言われようだ。さくらは色目なんて使っていないし、そもそも女中でもない。
とは言え、ここで反論したところで椿の怒りがヒートアップするだけなのであえて反論はしない。
同じ針子仲間の子たちは驚いていたが、ハッと我にかえりさくらの側に近寄り、身体を支えて大丈夫かと心配する。
さくらは大丈夫、と答え、じっと耐えた。椿はさくらと家康が恋人同士だとは知らないはずだ。なのにこの仕打ち…、女の嫉妬はいつの時代も恐ろしい。
しかし、針子仲間たちが恐ろしいのは椿ではない。
椿も恐ろしいことに変わりはないが、それよりも彼女は安土城のお姫様に手を出したのだ。信長様たちが知らないはずない上に、いつまでも黙っているわけがない。
そもそもこの女はさくらを女中と思い込んでいるようだが、安土城の姫だと知らないのか?と皆思っていた。
椿は以前、家康にさくらは安土城の姫だと教えてもらっているが、そんな事はすっかり忘れてしまっている。
なぜなのか、それは家康とさくらの仲が良すぎて頭に血がのぼってしまったから。
嫉妬するあまり“安土城のお姫様”と言うことは完全に抜け落ちてしまったのだ。…何とも残念な頭である。
おまけにさくらは自分が女中ではない事を否定しない上に、針子の仕事をしたり女中の手伝いをするなどお姫様らしくもないので、勘違いされやすいのも一つの原因だった。
「…椿姫、ここは針子部屋。そしてここにいる女性たちは皆仕事中です。貴女様にお付き合いしている時間はございません。早々にこの部屋から退出願います」