第9章 恋敵
針子部屋筆頭の絹がこの場を沈めようと椿の前へと出る。
だが、椿にしてみれば絹のその行動は自分が否定されているみたいで正直面白くない。
「何よ、私は家康の許嫁なのよ?だからこの城は私の城も同然なの。私がどこで何をしようが私の勝手よ」
椿の言い分に流石の絹も開いた口が塞がらなかった。さくらを含め、針子部屋の女性たちは目が点になっている。
この娘は何を勘違いしているのだろうか。
この安土城は信長の城であり、家康の城ではない。
「…あまり勝手な行動はしないことです。でないと、いずれ身を滅ぼしますよ」
絹の忠告に椿は「フンッ」と鼻息荒くして針子部屋を出た。
「何よ!針子部屋って辛気臭いところなのね!!」
…と、廊下で捨て台詞を吐いて、ドスドスと足音を立てて。
「……最近の女は怖いな」
くっくっくっ、と声を殺して笑いながら柱の影から顔を出したのは光秀だった。
「あ、光秀さん」
「偵察も兼ねてあの女の後をつけていたが…」
何を考えているのか分からない表情でじっとさくらを見据える。そして不気味に微笑んだかと思えば両頬を横に引っ張った。
「…いひゃいれす」
「何を言ってるか分からないな」
「………………」
ジト目で光秀を見ると、両頬を掴んでいる手を離して頭をポンポンと撫でる。
光秀の珍しい行動に背筋に悪寒が走ったのは内緒だ。
「……あの娘、何をしでかすか分からん。せいぜい気をつけるんだな」
ヒラヒラと手を振って針子部屋を離れる光秀。その背中を眺めながら先ほどの椿の様子を思い出す。
確かに今後何をしてくるか分かったもんじゃないな、と苦笑するしかない。
言い方はアレだが光秀なりに心配してくれているのだ。
光秀だけではない。他の人たちも心配してくれて、そして優しい。
未来から来たと言うだけのただの居候に、こんなにも優しくしてくれるの何故なのか正直分からない。
分からないが、それでも右も左も分からなかったこの世界で自分を受け入れてくれた信長様にはとても感謝している。
「これ以上迷惑はかけないようにしないと…」
そう思うが、残念ながら椿は斜め上をいく人間。
気をつけたところで向こうからさくらに寄ってくる言わば磁石のようなものだ。
それを理解している人たちは皆、目を光らせて警戒していた。