第9章 恋敵
夕焼けに染まる空を見上げ、「綺麗だね」と話をしながら家康と安土城へ戻ると、ドタドタと勢いよく廊下を走って来る女性がいた。
その女性は、迷うことなく家康に飛びつく。
「家康っ!」
隣にいたさくらなど眼中にないのか、完全無視で家康にぎゅうっと抱きついている。
いきなり抱きついたので、何故このような状況になっているのか頭が付いていかない。
それは家康も同じようで、しっかりと受け止めた状態で驚いていた。
だが、それも束の間、払いのけるようにその女性を引き離した。そんな家康の態度に女性は不服そうな顔をする。
「もう家康ったらぁ、久しぶりに会ったのに冷たいわね」
そう言いながら再び家康の腕に絡みつく。
自分では中々出来ないその行動をその女性はいとも簡単にやっているので、正直羨ましかった。
そして一番の疑問、それはこの女性が誰なのか、どういう関係なのかということ。
抱きつくということは、家康とそれなりの関係なのだろうか。そんな不安がさくらの頭に過ぎる。
「…いちいち抱きつかないでくれる?鬱陶しい」
家康の冷たい言葉にも気にすることなく、「別にいいじゃない」と離れるつもりはないらしい。
そしてチラッとさくらの方を見た。
「あら?貴女は誰??」
それはこちらのセリフです、と言えるはずもなく、「さくらと言います」と簡単に答えた。
「ふーん、そう。それより、そんなところに立ってないでお茶でも入れなさい。貴女、ここの女中でしょ?気の利かない人ね」
「………すみません」
「さくら、謝る必要ない。…椿、彼女は織田家ゆかりの姫だから女中じゃない」
“椿”と呼ばれた女性は、さくらを上から下まで品定めするかのように見る。そして鼻で笑った。
「織田家ゆかりの姫?なーんだ、貧相だから女中かと思ったわ。私は椿、家康の許嫁よ」
「いい、な…ずけ?」
どういう事?という表情で家康を見ると、家康は眉間にしわを寄せてあからさまに嫌そうな顔をしていた。
「それは昔の話で、今はもう解消されてる」
「あら、その件でお父様が徳川家に書状を出したって言ってたわ」
「…直ぐに断りの返事をした筈だけど」
言い合っている二人の会話を聞きながら、新たな波乱が起きそうでさくらは不安を感じた。