第8章 縮まる距離
家康さんの御殿に来るまで、不安で仕方なかった。
冷たい態度を取られたらどうしようとか、無視されたらどうしよう、さっさと帰ってって言われたらどうしようって…、すごく不安だった。
早歩きで足を進める綾の手を振りほどこうかとも思ったけれど、今を逃したらきっと…私と家康さんの関係は悪いままじゃないのかなって思ったから、だから振りほどくことができなかった。
着いた時には、全力疾走した後のように息が上がっていて、正直情けないなぁと思った。こんな姿を見られたら、きっと家康さんは呆れるに決まってる。
案の定、私の姿を見て溜息ついていたけれど。
でも冷たい感じもなく、普通だった。そう、普通に接してくれたのだ。今までのような冷たい態度でも無く、避けるでも無く。
それが嬉しくて、ちょっと泣きそうになった。
「…何してるの?早く着いてきて…って」
後ろを着いてこないさくらに気づいた家康は、振り返り、そして目を見開いた。
「え、何泣いてるの?」
「……!」
自分でも気づかなかった。だからさっきのは訂正。“泣きそうになった”ではなく、“涙が流れた”だ。
「何でかな…?涙が止まらない」
溢れてくる涙を、自分の右手でゴシゴシ擦る。
「い、家康さんが、前みたいに接してくれたから、それが嬉しくて…安心した」
いきなり冷たい態度とられて、でも何故なのか分からなくて…。
私何かしちゃったのかなとか、変なこと言ったのかなとか、ずっと考えてた。好きな人に嫌われたら……、
……好きな、人?
ふと家康の方を見ると、家康はさくらの言葉を黙って聞く体勢に入っている。
ああ、そうか。異性として好きなんだ。
天邪鬼だけど、でも本当は優しくて…私は、そんな家康さんにずっと前から惹かれていたのだ。
「……、……にな…ないで」
「ごめん、何?上手く聞き取れなかった」
「…っ、お願いだから、嫌いに、ならないで…!」
「は?」
「好きな人に嫌われてしまったら私…っ」
そこまで言って、「あっ…」と思わず両手で口を覆う。…が、家康はしっかりと聞こえていたらしい。
ポカンとした表情でさくらを見ている。
「あんた…真田幸村のことが好きなんでしょ?」
「え?幸ちゃん…??」
家康の言葉に今度はさくらの方がぽかんとした表情をしていた。