第8章 縮まる距離
針子の仕事を終えて部屋に戻ると、綾が「出掛けるので、すぐに支度をして下さい」と言ってきた。
何事かと思うも、取り敢えず身だしなみを整えて用意されていた着物に着替える。それを確認した綾は笑顔で言った。
「今から家康様の御殿に行きますので、家康様の為に用意した手ぬぐいも忘れずに持って下さいね」
思わず手を止め、綾の方を見る。
相変わらず笑顔のまま、でもどこか反論は許さないとでも言うようなオーラを出している。
何がどうしてこのような状況になったのかは分からないが、きっと何を言っても家康の御殿へと連行されるのだろう。
「綾……」
浮かない顔をしているさくらを見て、綾は「大丈夫ですよ」と言う。
「家康様は捻くれていますけど、根は優しい方です。誤解がとければ冷たい態度を取られることはないと思いますよ」
「…でも」
不安なものは不安なのだ。
綾は、とんとん、と背中を軽く叩きながらもう一度「大丈夫ですよ」と言う。そしてそっとさくらの手を引いて、家康の御殿へと向かって行った。
*****
安土城から家康の御殿まではそう遠くはないが、このご時世歩きが基本。
綾に手を引かれるがまま、予想以上に早く歩いていたので、体力がないさくらは息が上がっていた。
「申し訳ありません、さくら様…!」
「…大丈夫、ちょっと疲れた、だけ…だから」
体力が無い自分が悪いのだから気にしないで、と伝えた。
そんな二人の気配を読み取ったのか、はたまた、綾に仕事終わったら連れてくると言われていたからかは不明だが、玄関を開けると、柱にもたれかかって此方を見ている家康の姿を発見した。
「あんたを連れてくるって言ってたから待ってたんだけど、全力疾走でもしたの?」
「えっと…全力疾走ではなくて早歩きを……」
「は?」
「安土城からここまで、休むことなく早歩きをしたから」
ちょっと疲れただけです、と苦笑しながら答える。そんなさくらに家康は、眉間にしわを寄せ大きく溜息をついた。
「あんた体力無いんだし、すぐ体調崩すから気をつけなよ」
「…はい」
「取り敢えず入って。お茶ぐらい出してあげるから」
そう言って、家康はくるっと反対に向き奥の部屋へと足を進めた。