第8章 縮まる距離
「家康、どう言う事だ」
「……何がですか」
「何でさくらの後を付けたんだ」
「…そこですか」と呟くも、秀吉の耳には届いていない。
おまけに真面目な顔をしていつもの説教が始まりそうだ。それだけは避けたいと思っていると、光秀がまさかの助け舟を出してきた。
「後をつけるくらい良いじゃないか。お前だって偶に舞の尾行するだろう」
「いや、まあ確かにそうなんだが」
「寧ろさくらが真田幸村に手ぬぐいを渡したことの方が俺は気になるぞ」
チラッと家康を見ながら光秀が言う。
「今までの態度はそれが原因なのだろう」
「…光秀さんには関係ないでしょう」
「確かに関係ないが、面白そうなことには首を突っ込みたくなるものでな」
「本当に嫌な性格してますね」
「くくっ、それは褒め言葉として受け取っておこう」
家康の嫌味も光秀には通用しない。
家康のさくらに対する態度の原因が分かった光秀は、家康の肩をトンッと叩き、「精々頑張ることだ」と言い残してその場を去って行った。
「家康、後悔だけはするなよ」
「それ、信長様にも言われました」
「そうなのか、流石お館様だ。周りをよく見ていらっしゃる」
誇らしげに言った後、「早く仲直りするんだぞ」と頭をクシャッと撫で、秀吉も去って行った。
「…一体なんなのさ」
ポツリと呟いた言葉が静かな廊下に響き渡る。光秀と秀吉のやり取りのおかげですっかり空気と化した綾は、ハッと我に帰り、家康の方を向く。
「今日、仕事が終わったらさくら様を家康様の御殿に向かわせます」
「…は?別に来なくていいんだけど」
あからさまに嫌そうな顔をしてそう答える家康に、綾はにっこりと笑う。いや、笑っているように見えるが、目は明らかに笑っていない。
「そもそもあなたの勘違いから始まってるんですから、今のままで終わらせないで下さい。さくら様が不憫です」
「さっきも言ってたけど、なにが勘違いなわけ」
あの時に見た光景は、嫌という程鮮明に覚えている。それを思い出すたびに、何とも言えない感情が沸き起こる。
間違いなく家康は嫉妬しているのだ。
「私からは何も言えません。…気になること、知りたいことはさくら様から直接聞いて下さい」
そう言い残して綾はその場を離れて行った。