第8章 縮まる距離
翌日、綾は広間から出てくる家康を待ち伏せしていた。他の武将たちも一緒に出てきたが、そんなことは気にしない。
「ちょっと宜しいですか?家康様」
綾の問いかけに家康はあからさまに不機嫌な顔をしたあと、無視して足を進める。
その行動に綾のこめかみには青筋が立つ。そして足を進める家康の前に立ちはだかった。
「邪魔なんだけど」
「それはすみません。でも、ちょっと顔かせって言ってるんです。無視しないでいただけますか」
「………………」
綾と家康の只ならぬ空気に、周りにいた武将たちは何事かと見ている。
「綾が喧嘩腰に話しかけるのは珍しいな」と光秀は面白そうに二人を見た。
そんな光秀を秀吉が「笑ってる場合か!止めに入るぞ」と咎めるが、そんな秀吉の腕を掴み「まあ待て」と止める。
「そんなに睨むな。綾が家康に話があるというなら、十中八九さくらの事だろう」
「!」
最近のさくらと家康の関係は他の武将たちも知っている。なので光秀の一言で、秀吉はグッと思い留まった。
「俺としては家康をからかいたい所なんだがな」
くくっと笑い、そして家康と綾の方を見る。秀吉は光秀の言葉に「馬鹿言うな」と呆れながらも二人を見た。
「最近さくら様を避けているようですが、それは何故です?」
「…あんたには関係ないでしょ」
「関係あります。家康様が勝手に勘違いしてくれたおかげで、さくら様は傷ついているんです」
「勘違い?って言うか、なんでそんなことが分かるわけ」
眉を顰め鋭い目つきで言う家康に、普通の女性なら怯えて逃げ出すだろうが、綾は光秀の元で働いていた優秀な忍びだ。そんな事では動じない。
「家康様がさくら様を追いかけて尾行し、遠くから、甘味屋で真田幸村に手ぬぐいを渡しているところを嫉妬心むき出しで見ていたのを私が見ていたからです」
しれっと答える綾に対して、家康の顔は引きつっている。あの時は周囲を警戒していなかったこともあり油断していた。
しかも綾は、この事を光秀や秀吉の前で話している。
ふと二人の方を見ると、光秀はニヤニヤしており、秀吉は眉間にしわを寄せている。…最悪だ。