第2章 興味がない(へし切長谷部)
「すまない、助かった」
小走りで追いつき、礼だけは言っておく。そこでにっかりとすれ違った。4組あいつは生物選択である。生物室は物理室と逆の方にある。俺が珍しく女と歩いていることを何か言ってくるだろうと身構えていたが、意外にもあいつはいつも通りの微笑みで何事もなかったかのように通り過ぎていった。
本当に食えない奴だ。
何気ない会話というのが面倒くさく、一言も喋らず物理室まで歩く。長い沈黙にその女子の方が先にしびれを切らした。
「長谷部さん、そういえば一度も喋ったことが無かったよね。・・・・・・何で物理を選択したの?」
至ってどうでも良い質問だったが答えない訳にも行かず適当を言った。
「生物より物理の方が出来ないが、それでもなぜか物理の方が好きだったからだ」
あからさまに棒読みでそう言ったにも関わらず、その女子は顔を輝かせている。
「私も、分かるよ!高一の時なんて本当に物理が一番出来なかったのになぜか楽しいんだよね。正解してもいないのに、解いているだけで楽しいよね」
その勢いに半ば気圧されるようにしてああ、そうだなと口走っていた。本当は両親の指示に従ったまでなのだが、こうなると実は自分は物理を楽しんでいるのかもしれないと思えてくる。そう思わせるほど、こいつの言葉には純朴な熱意がこもっていた。
まだ会話を続けていたいと思った矢先、物理室に到着した。
普段の授業ならわりと席の近いその女子は、物理など移動教室の時は離れてしまうらしい。他人の席の位置など気にしたことがなかった。
実験を手際よくすませ、後は漫然と窓の外で降りしきる雨を見ながら時を過ごした。
いつの間にか五限の授業であった物理は終わり、六限の世界地理も終わっていた。終礼になっている。
物理の授業から二時間くらいは経っているが、まだ外の雨はやんでいない。果たして俺は傘を持ってきていただろうか、不安になった。掃除を済ませ、傘立てを見ると案の定持ってきてはいなかった。