第2章 うつつのゆめ シンドバット [完]
王様の底知れない瞳から目を離すこともできず、真っ青に青ざめる。
と、盛大に噴き出された。
シン「ぶっ…はははは!冗談だよ」
『え、……え?』
シン「昔飼っていた猫の骨だよ」
ひょいとてらいなく指がそれを拾い上げる。
シン「人間の骨にしては小さすぎると思わないか?」
『言われてみれば…そう、かも』
なんだ、そっか。
……いやいやいや、全然「そっか」じゃないんだけど!猫の骨所持してるのも全然普通じゃないよね!でもよかった!国の最高権力者の犯罪の目撃者なんて救いのないものにならなくてほんとによかった!おかえりわたしの人生!
「こんなものを大事にとっていると知られても外聞が悪い。俺との秘密にしておいてくれないか」
「はい!喜んで!」
二人だけの秘密というのは甘美な響きだな、好きな相手なら尚更ときめく、君もそうだろう珍しく素直な返事じゃないか、とかなんとかいう電波なセリフだって生きている幸せを噛み締めている今なら笑顔で聞き流せる。
先ほどごく軽くつまみ上げたように見えた指で、シンドバッド王様はそっと、骨とリボンを元の小箱に納めた。蓋を閉じてしまえば、オルゴールか宝石箱に見えるきれいで可愛い箱。王様の大きな男のひとの手には似合わないようなそれを、大事そうな手つきで仕舞うから。
『…すごく可愛がってたんですね。その猫ちゃん』
思わず口を挟んでしまった。その横顔を見たら、なんか。飼い猫の骨、引き出しに仕舞ってるなんてって思ったけれど、並々ならぬ愛があったんだなあってしみじみとわかってしまった。ペットロス症候群っていうのもあるらしいし、王様なんて重責を担っているシンドバッドさんにとってかけがえのない存在だったんだ、きっと。
一瞬、はっとしたような顔をした王様は、とてもやわらかい声で答えた。
シン「うん」
蓋を滑る指が、いとしいものを撫でるしぐさをする。
「可愛くて、無邪気で、容赦がなくて、俺が王であることになんの価値も見出ださない」
懐かしむ目が、不意にわたしを見る。
「君は、あの猫にもよく似ているよ」
瞬間、ひたりと背中になにかを押し当てられたようなきもち。頭に、小指ほどの白いちいさな骨がよぎる。大事なものを入れておくためのきれいな箱の中、古いリボンとともに納められた。…わたしの、小指ほどの。
(箱の中身はなあに?)
