第10章 アザレアのひととき
「細かい人数や家族構成は関係ない、ただただ普通の子供が生まれてから死ぬまでに享受するであろう、理想のそれらを自分も受けてみたい。ただそれだけの小さな女の子なんだ」
「理想ねえ…?」
「風邪ひいたり熱出したり、大怪我したり寝ずに仕事して無茶して体壊したりしても、しんどいって一言自分の口から言うことさえ出来ないんだよ」
ああ、それは…知っている。
見てきた…散々、一緒にいたから、そういう時は。
「なんでか分かるかい」
「…俺に迷惑かけると思ってるんですかね」
「それもあるだろうけどさ、単純に怖いんだよ。体が弱ったら怒られて、それで学校を休もうとしたり、寝ようとしたりするのを甘えるなってまた怒られてばかりでね。家の中では家族から隔離されて別の建物の中で軟禁されて、親は顔すら見にこない上自由に外に出ることも許されない」
ここで思い出したのは、彼女の謝り癖だった。
それと、いつもいつも大事なところで…全然そうじゃないくせに大丈夫って言うんだ、こいつは。
「そのうちご飯を食べるのもキツくなって戻しちゃうようになったりしてね、今でもストレス溜まりすぎちゃうと味覚がおかしくなっちゃうみたいでもう大変で…」
「かなり食欲旺盛みたいでしたけど、あれは?」
「リアちゃん自分のためにご飯作ってくれる人大好きになっちゃうから」
「……ああ、それで」
「そう。ちょろいって思ったでしょう?」
「そうですね、危ないでしょうこんなのでほいほい懐いてたら」
「自分に手料理を振舞ってくれて、しかも一緒に食べてくれる人が出てきちゃったんだもん。そんなの、リアちゃんみたいに一人ぼっちの寂しがり屋さんは相手がどんな人間であれ簡単に好きになっちゃうよ」
ふと、言い回しに少しの悪意と違和感を感じてハッとした。
「首領、まさか」
「惚れっぽい子ではないんだけど、やっぱり中也君にならすぐ落ちちゃったねえ?」
「…………自分の駒にするためですか?それとも、純粋にこいつのためですか」
「後者だよ。まあ色々お手伝いしてくれたら最高だとは前々から思っていたけれども……けどおかしいでしょう?普通、ご飯作ってもらって一緒に食事するだけで相手に惚れたりなんかしないよ」
しかも本人に自覚がないとか、なんて微笑ましそうに語るその人は本当にこいつのことを信用しているのだろう。
『んん…中也さん』