第2章 桜の前
『…、ぃ……、た…』
「我慢しろ、化膿するよかマシだろ」
『き、らい…消毒、嫌「反省文倍にしてやろうか?あぁ?」そうする…っ』
阿呆、という素早い返答と共に消毒用のコットンが離されて、首にガーゼを貼られる。
『も、う…いいですか』
「まだ。範囲広いから一応包帯巻いとく」
『そんな大袈…っ、……な、なんか擽った…、ひッ…』
「我慢しろ、我慢……ほら、終わったぞ。偉いじゃねえか、嫌いな消毒も頑張って」
自然だった…と思う。
処置が終わると、そんな風に言いながら、あたかも当然というようにして彼は私の頭に触れる。
そしてぽん、ぽん、と…その手のひらで撫でてくれた。
私に、触れてくれた。
____痛がりだったのかよ、可愛らしいところあるじゃねぇか。
聴こえたのは彼の喉を震わせて発された声ではないけれど、それでもちゃんと聴こえてきた。
そんな、つまらない一言に…そんな、彼の手のあたたかさに、久しく私は人前で心を乱してしまう。
あれ、なにこれ…なにしてんのこの人。
なんで、私なんか撫でるの。
なんで、私なんかに優しくするの。
なんで、“心の声”に、なんの企みも嫌悪もないの。
『…ぁ…、え、ぁ…違……っ、…これは、なんでもなく、て…っ』
頬を伝って床に染みを作ったそれを、慌てて腕で吹く。
しかしその手は彼によって制されて、その手で…その指で、優しく拭われてしまった。
あれ、どうしよう。
何この人、なんなのこの人。
私のところに、勝手にズカズカ入り込んで…怖がってるの、壊されちゃう。
「何、どうした。言ってみ…初回サービスで貸しなしにしといてやるよ」
『……わ、たし…部下って…ほんと?…ほん、とに…?』
「おう、こき使ってやっから覚悟しとけ」
『………中原、さん…嫌いじゃなかったの、私のこと』
「そうだな。だから俺のせいで泣き面晒してるのなんか最高に面白ぇわ」
____やっと、お前の事が見えたような気がして。
ああ、ダメだ。
どうしよう、どうしたらいいのか分かんない。
なんで、こんな…こんな、優しいの。
「なんなら、俺の胸で泣かせてやってもいいんだぜ?」
『!!…っ、ぅ、あ…ッ』
……久しく、新しく知り合った人間に、泣きついた。
認めて貰えた気がした。
「髪濡れてんじゃねえか、風邪引くぞ。風呂上がったら乾かせっつの」