第2章 桜の前
『あ、…ちょ、っと……手……怪我、したんじゃ…』
「…いいから黙ってろ、この阿呆」
銃を落とした男を、得意の体術で圧倒する。
中原中也…彼のその闘いぶりに、拍子抜けしたのだろうか。
腰が、抜けた。
どうしてこの人は、私を見て何も言わない。
どうしてこんな奴を庇った。
どうして…こんな目の……こんな、“九尾の見た目”をした先祖返りを目にして、それでもなお私を襲った人間を相手する。
普通、逆ではないのか…普通の人間が、いるのに。
そう、男が銃を握る手が震えていたのは、何も私の目に恐怖したからではない。
私が、先祖の妖の姿に変化したためだ。
素を、出していたから…だから、それで怖がって…
「ったく、こんなしょぼいのにやられたとあっちゃァポートマフィアの名が泣くぜ…反省文五枚な」
へたりこんでいた私の目の前に来て、彼はしゃがんで私に言う。
『い、や……あの、なんで…わ、わた…あ、いや…』
「……俺の部下がこんな素人相手にやられて、俺の顔に泥塗るんじゃねぇよ。首、跡んなってんぞ」
『…い、いですそういうの。私…もう貴方の部下なんかじゃなくなりますし』
「あ?なに腑抜けたこと言ってやがる、サボりか?…血ぃ出てっし、爪でやられただろそれ。応急処置くらいしてやるから救急箱もってこい」
思考が、回らなくなる。
何を言っているんだこの人は…さっきから、応急処置だとか、サボりだとか。
こんな時に限って、私を部下だとか。
『…何か、思わないんですか。貴方、今…目の前に……っ、あ…の、』
「……目の前で手前の部下が血ぃ流して怪我してりゃ、仕方ねぇから手当くらいしてやるだろ…あ、これ幹部命令だからな」
腕を引いて立たされれば、私よりも少し目線の高い彼が私の腕を引いていく。
「その代わり、話は聞くからな…俺は手前みたいなタイプの奴は初めて見る。だから、本人から教えてもらう……手前は何者だ」
『………何に見え、ます?…これ』
「…阿呆な部下」
『……じゃ、あ…それでいいです』
「だから阿呆っつうのによ……言っとくが俺は手前の事…人間としか見てねぇからな」
『…え、なん……?』
なんでかは、教えてくれなかった。
けれど、その背中は、信じてついてこいと言っているようだった。
そして“聴こえる”、彼の声。
____何泣きそうになってんだよ、この馬鹿。