第10章 アザレアのひととき
私の元へと…その人が、走ってやって来てくれた。
姿を見るなり駆けつけてきて、衝動的にとでも言わんばかりに…まず最初に、抱きしめてくれた。
「…………久しぶり。会いたくなっちゃった?」
『…苦しい』
「うん、許して。君から会いに来てくれるなんて思いもしなかったから」
特に、何かしたかったとか、してほしかったというわけではなかったはずなのに。
ただこうして抱きしめられただけで、満たされて、初めて自分がこうされたかったのだということに気づかされたのだ。
『あ、の…私のこときらい…?』
「そう見える?」
『……んーん』
「…よく生きていてくれたよ、それだけで嬉しい。……来てくれてありがとう、ココア置いてないから、紅茶でいい?」
『くれるの…?』
「勿論。君が私のところに来てくれたんだよ?できる限りのおもてなしをするさ」
する、といつの間にか取られていた手を引かれ、中に入れば、乱歩さんが調整していて下さったのか他の従業員は見当たらない。
「後で一緒に食事もしてくれる?」
『……うん』
「私の考えてること分かってて言ってるのかい」
『うん』
「私相手になると貞操観念ってものがバグっちゃうからねぇ君は……今日は誘惑しないでくれよ」
私の身体を知り尽くしたこの人とそういう繋がりを求めることは、いいこと…ではなかったのだろう。
だけど彼は優しいから、許してくれていた。
私がそれ以外の甘え方を知らないからと、ゆっくり覚えていこうねと、言ってくれた。
当時は彼の気を引けることならなんでもやったし、最初に一度彼と繋がって以来、そういう誘いを続けていると諭すように叱られたことがあったけれど。
私がいけないことを考えない限りは、泣いたら許してくれてしまった優しい人。
別に味をしめていたわけではないけれど、そういう経験は私にとっては珍しいものだったのだ。
『……ちゅーは?』
「お家つくまで我慢しなさい。反ノ塚君にはこっちから連絡しておくから」
『連勝と知り合いなんだ』
「君を置いていかなくちゃならないのに見捨てられるわけないだろう」
そういえば、戸籍としてもすぐにカゲ様のところに引き取られて…すぐに、連勝が迎えに来てくれたっけ。
私のことちゃんと考えててくれたのね…まあ、そうじゃなかったらあの頃の私は自殺していたかもしれないけれど。
