第10章 アザレアのひととき
これだけ長く歩んできた人生の、ほんの一瞬くらいいいじゃないか。
貯めていたお金を使って、持てる力を全て使って、ただ一人の人を探し出した。
二年間行方不明だった…私を置いて出ていってしまった男、太宰 治を。
何やら雇用先も決まったらしく、そこはある意味ポートマフィアと因縁深く、そして対立している昼間の組織。
武装探偵社。
…オフィスに出向く…のは、色々とご迷惑をかけてしまう形になるのだろうか。
今更私と会ったところで、彼からしたら取るに足らない存在になってしまっているのかもしれないけれど。
二年間ずっと音信不通で、どこにいたのかも大体の調べは私の中ではついている。
こういう時は自分の覚りの力があってよかったと、思わなくもない。
そもそもあの人が行方を眩ませていた原因だって、元はといえば私のせいで…
「そこのかわいらしいお嬢さん、お探し物ならこの名探偵を頼ってよ♪」
『!…あ、れ?…貴方、』
軽い口調で話しかけてきた彼は、正しく名探偵。
江戸川 乱歩さん。
私が向かいたかった武装探偵社の、探偵さん。
「やあ、久しぶりじゃないか♪太宰のことを探してるの?」
『……い、え…探してるっていうか』
「うんうん、あいつが君のことをまだ以前のように大事に思ってくれてるか、知りたいんだねぇ〜?そりゃあそうだよね、不安だったもんねえ」
取り繕ったところでこの人には無駄であった。
「ホームシックってところ?」
『…ううん、』
「そっか、太宰が君のことどう思ってるのか分からないんだ?」
『う、ん…』
中也さんに朝食を振る舞われてから、下手に外食も出来なくなった。
ご飯が食べられなくなったのは久しぶりで、だけどこんなことで手がつけられなくなるだなんて思いもよらなくて。
「お困りなら、探偵社を頼りなよ。君は初回サービスで太宰の奴にツケにしておいてあげるから」
『…………私今、ポートマフィアの人間で』
「知ってるよ?でも君は太宰のところの娘さんでしょう?」
娘、なんて、思ってくれてるかはわからないけれど。
名探偵さんに言われるがままについていって、探偵社の事務所の入ったビルに足を踏み入れる。
エレベーターで上がって、四階で降りたそこに、その看板はあった。
「たっだいま〜!おーい太宰、お前に客だぞー!」
「お疲れ様です乱歩さん、お客さんって…え?」
