第10章 アザレアのひととき
人間として早く自立していく。
それを世間は立派という。
幼少期におけるそれは、まずは言語を話したり、自身で立ち上がれるようになったり、勉強が出来たり運動ができたり…そういうところから始まっていく。
しかし私はただの一度も、立ち上がれるようになった時の喜びの感情も、言葉を話せるようになった時の驚きも、誰かから注がれたことなど一度もなかったのだ。
「あ……リア?…リア、」
『ッ!!、…あ、ごめん』
「?まだあんま疲れ取れてないんじゃないか?火傷したら危ないだろ」
手元を見ると、彼の作ってくれたお手製ポテトグラタン。
マカロニを買っていなかったらしく代用したそうだが。
…彼が、私のために作ってくれたもの。
私以外の者の機嫌を取るために作ったものでも、私をとりあえずは生かしておくために作られたものでもなくて。
この人といると、分からなくなる。
今この瞬間が、本当は夢なのではないだろうか。
全部全部私の妄想で、私の都合のいい世界でしかなくて…実際にはこんな世界、有り得なくて。
「…そんなぼーっとしてちゃ舌火傷すんぞ、貸してみ」
『へ…?』
彼の方に寄せられる、私の皿。
それをスプーンですくって、冷ますように息を何度か吹きかけて…それを、さも当然のように私の方に差し出してくる。
向かい合わせに座った、彼と食事をするために新調したテーブル。
それを挟んで、私に…
『…なん、で』
「なんとなく。リアさん甘えたいモードかなと思いまして?」
なんで分かるんだろう。
私みたいな能力を持ってるわけじゃないはずなのに。
ご飯、作ってもらって、食べさせてもらって。
お洋服選んでもらったり、髪の毛いじってもらったり。
お風呂に入れてもらって、乾かしてもらって、寝かしつけてもらってまた一緒に起きて、おはようって。
して、みたかったの。
全部。
『……シークレットサービスの仕事じゃ、ないですそれ』
「これが仕事でたまるかよ、俺がしたくてしてんのに」
ああ、ダメだ、また泣いちゃう。
口を開けると食べさせてくれて、私の目尻を指で撫でてくれて。
お金や権威を目当てにした行為じゃなくて、もっと…私を見て、愛してほしかったの。
「お味は?」
『…うまい』
「!…そうか。なら良かった」
『中也さんの子供だったら良かったのに…』
音になって、漏れていた。