第2章 桜の前
ブレーカーの落ちる音が響くと共に、ほの暗かった室内が月明かりに怪しく照らされる。
あーあー、何人だ?
なんて呑気に考えてる内に、突然首を掴んで床に押し倒される。
その感触…否、気配と足音で、分かっていた。
油断でもなんでもない、これはただの余裕だ。
だって相手は、ただの人間だから。
「なぁにが最高級のセキュリティシステムだ、ガラッガラじゃねぇか…警備も手薄、入るのに苦労もなかったぜ。さあ、部屋まで案内して金を出しな」
『……馬鹿な人ね、よりによってこの妖館を狙うだなんて』
頭に銃口を突きつけて、相手の男は私を脅す。
それと共に、私の右目が…紅く光る。
「ひ、っ…!?め、目が光って…!!」
「ここのシステムは、対人間用じゃない…私達にとって、普通の人間は脅威でもなんでもないものだから」
仰け反るようにして立ち上がった男。
私もゆっくりと体を起こして、立ち上がる。
『その銃で、私のことを殺せるかしら?…本当に?やれるのなら、是非やってちょうだい……ほら、早く』
ゆらりと、距離を詰めていく。
すると男は震える手でその銃を握り直し、私に向ける。
今度こそ、死ねるか?
殺してくれるか?私の事を。
先祖返りの中でも異質な存在である、この私を。
同じ先祖返り達からでさえも煙たがられ……憎悪され、時に弄ばれ…所有されたがれ、殺したがられるような、こんな私を。
少し前のこと。
今度こそやめようと思いつつも、幼馴染である反ノ塚連勝、そして青鬼院蜻蛉の紹介で知り合った先祖返りが、今ではもう珍しいことに、私なんかのシークレットサービスになってくれると契約を交わしてくれたのだ。
…まあ、最終的には今までのシークレットサービスらと同じような目的だとすぐに露見して、最初から裏切られていたのだと知ったわけなのだけれど。
だからもういいんじゃないかって。
身を投げたのだ、高層ビルの屋上から。
夢のような心地だった、やっと楽になれると思った。
しかし、それを邪魔する人が、その時、その場所に居合わせてしまったのだ。
バンッッ、と、銃声が鳴る。
静かに目を閉じていたのに、しかしその痛みは、いつまで経ってもやってこない。
…ああ、どうしてだ。
どうしてまた邪魔してしまうんだ、貴方は。
『……な…ん、で…?』
そこにある背中は、小柄な…私の上司のものだった。