第9章 蛍石の道標
馬鹿にする様子でも、驚く様子でもなくて、ごく普通に…自然な態度で返されて、余計に恥ずかしくなる。
なんで、いきなりこんなに大人っぽいんだろ…なんでこんなに、ドキドキしてるんだろう。
えっちなことされてる訳じゃ、ないのに。
『…ちゅ、やさんが…外で、リアにキスする度胸とかあるわけ…』
「お望みなら、どこでも…いくらでも」
指で頬を撫でられれば、その熱が彼にバレてしまいそうで余計に胸が苦しくなる。
な、にそれ。
『いき、なりどうしたんですか…っ、?そ、そういうこと言うキャラでしたっけ』
「折角外出てデートしてんのに、お姫さんエスコートできなくちゃ紳士の名折れだろ」
紳士とか。
今までそんなこと、意識してなかったくせに。
『…大げさ、』
「大袈裟じゃねぇよ、俺の姫さん相手なんだから」
令嬢とか、お嬢様とか、名家の生まれではあったのでそれなりに使われてきたし意識もしていた。
しかし、今の彼が私をそう呼ぶのは、決して私が彼の主だからとか財閥の人間だからなどではなくて。
自分の、一番なのだと言っているのだ。
『デート、でもあの…そんなこと、今まで言ってなかったのにそんな…そ、な…』
「安心しろ、じき慣れる」
『そういう問題じゃなくってですね、』
「ほらそこ、段差あるから気をつけろ」
『っ、…なんかずるい』
言われた場所に縁石があったことに初めて気が付いた。
そんな初歩的なドジを踏んだのだ、この私が。
そうだった、この人は元々大人の人。
私より体も成長して大きくて、逞しい男の大人の人。
七つ年上の、男の人。
あれ、変なの。
意識した途端にもっとドキドキがうるさくなる。
そういえば、ヒール履いてて、しかも背が小さい方の私の歩幅とスピードに合わせてずっと歩いてて…って、これ前からだ、お付き合いするよりずっと前から。
それから、どんな表情でも…私と、私なんかと話してくれる時、彼は絶対に私の目を見て話してくれる。
まっすぐ、澄んだ瞳で、私の言うことを馬鹿になんてしな…
それ、も…お付き合いする前から。
あれ、じゃあなんで?
なんで私、今になってこんなにこの人の事意識してるの…??
車にたどり着いて、それから彼の家に戻って、入れてもらって。
“同棲って知ってる?”
「新妻さんみたいだなぁ、おかえりリアちゃん」
『…た、…だい、ま…♡』