第9章 蛍石の道標
「落ち着いてきたんなら風呂入れてやろうかお嬢さん?」
『さっき入った上に散々意地悪してきたのどこの誰か覚えてます…?』
「意地悪なんかしてねぇだろ、可愛がってんのに」
ぺしっと伸ばしてこられた手を軽く叩いてそっぽを向く少女。
しかしすぐにこちらを気にするようにちらりと顔を向けてくるものだから愛らしい。
そんな性格だから俺に好き放題されんだよ。
『……い、痛くなかった?』
「リアちゃんがキスしてくれたら治るかな」
『ど、どこに…』
「分かってんのにシラ切るようならもっかい始めっけど」
ぎゅ、と可愛らしく握られた拳で口元を隠される。
分かってんじゃねえかやっぱ。
『り、あ…される方が、好き』
「それじゃお前への褒美になっちまうだろって…手退けろ」
甘やかしてちゃ説得力なんざねぇだろうが。
素直に、恐る恐る手をどかせるそいつに様子を伺われながら口付ける。
それから口を離して、額をくっ付けて未だに慣れていなさそうなそいつに向けて言う。
「リアちゃん、俺とキスする時はどうすんだっけ?忘れたんならまた覚えてもらうけど」
口で言うのが堪らなく恥ずかしかったのか、首元に腕が回された。
そのまま、目を閉じて俺に委ねてくれる彼女の額にいい子、と口付けて…また唇を触れ合わせる。
さすがに今日はもう深いところまではしないよう自制するが。
こんなに従順になってくれちまってまぁ…
「…、かわい…」
『ッ、…は、なして…い、?』
「ん、頑張ってくれたからいいよ」
まあ俺は離さねえけど。
なんて一緒に横になればまた擦り寄ってくる。
この甘えため…
もう今日はこれ以上襲いませんという約束のために、着せているシャツのボタンを止めていく。
どの道この姫さんは寝てる内に天才的な脱ぎ癖を発揮してくれてしまうのであまり意味は無いのだが。
胸元から覗く、二本の細い指輪。
チェーンについたそれは薬指と、小指用。
彼女が俺にくれたものと、俺が彼女に渡したものだ。
ああ、覚えてるって…やっぱ、いいもんなんだな。
こんなに大事なことまで、忘れてた。
__誰のおかげで今そうやっていられるのか…__
間違いない、こいつだ。
お前のおかげで、俺は…
『夜ご飯の食材調達行こ、』
「今から?…すぐ出んぞ、逢魔が時になる」
『下着着ーせてっ』
…とんだ子狐だよほんと。