第9章 蛍石の道標
ふわりと離れる手に頭を撫でられて、我に返る。
「だいたいこんな初な反応する奴が色仕掛けなんかしてこねぇだろ普通。馬鹿かそいつら」
『…!、?な、っえ、あ…な、撫で…ッ』
「ん?嫌いだったか?」
『!!!…や、じゃ……ない………です』
おかしい。
あのまま流されてもいいって思ってた。
そういうことを無理強いしてくるような人でないことなど分かっている、分かっているけれど。
「寧ろそういうことならいっその事俺に従わされてるっつってやれ、パワハラ上司ってやつだ」
『ど、どうして…?』
「十五やそこらの女の色仕掛けに屈服してるマフィアの首領と幹部のがよっぽど有り得ねぇだろ…」
『じゃあ中原さんは、リアがやらしい迫り方しても手出さないんだ?』
ぶっ、と吹き出すその人は少しむせ返って、それから私に食ってかかろうとしたのに。
私の目を見て、真っ直ぐまた私を見つめて、声にするのだ。
「俺のこと誘いたいんなら、お前のこともっと好きにさせてみな?今ならせいぜいハグできるくらいのもんだ、まだまだだよ」
『……、そ…ですか』
ただ、純粋に嬉しかった。
そういう目で私のことを扱ってるわけでもなく…ちゃんと、男女の関係として成り立たせない限りは私に手を出すつもりは無い。
「逆に誰かから無理矢理手出されるようなことがあれば…俺の知らないところでそんな事があるようなら、ちゃんと言えよ?お前」
どきりと、嫌な鼓動がする。
『ど…どうしてです?』
「どうしてってお前な、」
『だって、そんな事言ったって…その、穢れてるって、思いませんか。男の人なら』
「自分から好き好んでしてる訳でもねぇならそんな風に思うわけないだろ、誰に言われたんだよそんな事」
誰って、そんなの…
『今まで私のこと…あ、いや、なんでも』
「…言ってくれねえと、護ってやれるもんも護れねぇだろ」
護る、?
『中原さん、が…私を??』
「そりゃそうだろ、パートナーみてぇな部下だからな」
『……ほん、とに?…ほんとに、ダメになっちゃったら…助けて、くれる…??』
「阿呆か、ダメになる前に助けさせろ」
ダメに、なる前に。
『じゃ、あの…リ、ア…』
中原さんと、同じ執務室がいい…
私のわがままに目を丸くさせて、貴方はただ一言、朝飯前だと言ってまた撫でてくれたのだ。
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