第2章 桜の前
颯爽と同僚から逃げるために去っていった太宰さんは、恐らく本気で今日仕事をするつもりがない。
相変わらず苦労するんだろうなぁ、あの人の同僚って。
なんて考えつつも、目の前で私をデートなんかに誘ってきたこの男に、不覚ながらも恥ずかしくなってくる。
『…何、私なんかとデートするんですか』
「太宰の野郎に申し込まれてオーケーしたんだ、俺じゃダメなのかよ」
『だからいいっつってんでしょうが』
何この生き物、なんでちょっと可愛いのこの不貞腐れてる大人げない奴が。
「……その耳と尻尾引っ込むまで動かねぇぞ俺は」
『…そんなに嫌だったの?太宰さんとキスしたの』
「お前が汚れる」
『散々な言い様ね』
よっぽど嫌いなんだなほんと。
まさか太宰さんのこと殴り飛ばすなんて思わなかったもの…今度お詫びにお菓子くらい作ってってあげようかしらね。
『まあ、それならとっくに手遅れだから安心して。もう分かってると思うけど、私慣れてるのよこういうの』
「…慣れてるからって理由で、俺がお前に対する見方を変えるつもりは一切ない。…ただ、……我慢ならねぇもんも、ある。自分の体、軽く扱うな。お前は女なんだから…もっと、大事にしてやってくれ」
『……大事にする理由、無いから』
「俺は嫌だぞ?望んでない相手とそういう事しなきゃならないお前のこと考えると」
『望んだ相手とならどうなわけ?』
「それなら流石に何も言わねぇよ」
『じゃあ、貴方が私の一番になってよ』
す、と心の底から出た言葉。
そんな無茶振りに、流石の彼も口をあけてしまう。
『そしたら何か変わるかもでしょう?……別に責任取れとまでは言わないし、結婚してなんて冗談じゃ言わないし。好きにならせてみせてよ、私の事』
「…俺そういうの分からねえんだけど」
『私も分からないからハードル低いと思うわよ』
「………消毒していい?…俺あいつの匂い嫌いだし」
今度は、ちゃんと聞いてきた。
私に同意を求めてきた。
『…ど、ぞ』
肩に片方の手を置いて、叩かれた方の頬に手を添えて、先にそちらに口付けられる。
擽ったさにピンと耳が立って、尻尾に力が入ってくる。
なんだろ、これ。
口付けなんて、よくある事だったはずなのに。
「…少し上、向け」
『ぁ、…は、はい…』
親指で優しく慈しむように撫でてから…その唇に吸いつかれた。