第9章 蛍石の道標
言い淀んでいる間に手を取られて抱えられ、そのまま玄関を出てエレベーターに乗り、最上階へと向かわれる。
それから、見覚えのありすぎる部屋の前で鍵を開けて…中に、入れてくれて。
『ぁ、…れ、……なん、で』
「…リアちゃんさあ、頭いいのにまだわかんねえ?」
『ど、いう…わ、私一言もここなんて言ってな、』
ソファーに下ろされれば目の前で膝をついて傅かれ、真っ直ぐ、私の苦手な眼差しで見つめられる。
「そもそも、なんで俺がここに出てこれてるか分からねえの」
『え…あ、そ、そう言えばなんで…?』
「渡狸達に外側から引っ張って無理やり出してもらった。死ぬかと思ったけどな」
聞いた途端に、思考が停止する。
あの断界膜に、全身を通過させた…?
そんな、自殺行為をしたの、??
『…なにし、て』
下手したら、体の原形さえ残さずに朽ちさせてしまうほどの結界なのに。
あんなもの…通ろうなんて考えないようにって、だから、強いものにしておいたのに。
「まあ、見事に一瞬あの世が見えたよ」
『そ、んなことしなくても…、』
「でも、お陰で頭ん中のもやまで消えてくれちまったんだよなこれが」
『…………っ、…??』
ぽんぽん、と頭を数回撫でて、上着のポケットからチャラ、と何かを取り出し始める彼。
「手、出してみ」
『手、って…』
「いいから」
言われるがままに、両手を出すと、そこに冷たいプラスチックのような感触。
カード…?
なんて思いつつ、彼の手が退けられてそれを目にした瞬間に思考回路が止まったのだ。
見覚えのあるそれは、私が欲しくて欲しくて堪らなかったものだったから。
それをこの人が私にくれるということの意味が、どう考えても…どう屈曲させても、私が望んでいた結果にしか結びつかなかったから。
『こ、…あ、え……な、なんで、こ、れ…』
「へえ、やっぱり分かるのか」
『!!あ、いや…………!?や、やっぱりって』
「とりあえず、誕生日プレゼント第一段って事で。“また”家の目の前で死にかけられてちゃ堪んねえからよ、」
くしゃりと笑うその人の笑顔に、嘘はない。
私がこの人のこの家の合鍵を欲していたなんてこと、誰にも話したことないはずだったのに。
『う、…え、……嘘、じゃ…』
「…安心するんなら、読んでみ?」
ちゃんと、私が貴方のそこに存在しているから。