第9章 蛍石の道標
「どこ行こうとしてた、こんな時間に」
『…浮気しに来たの』
「……誰に?」
『元彼』
「お前元彼なんていたっけ」
『…』
はあ、とさも面倒くさそうにしてため息を吐くのは、太宰さん。
私の上から引っペがされた人。
「中也、その子死ぬほど鈍感だから、回りくどいこと言ったって誤解されるだけだよ。それかとっとと自爆して嫌われてくんない?そしたら私が貰うから」
「っせぇな、黙ってろ強姦魔が」
ふわりと彼の外套に包まれれば、変わらない彼の体温に泣きそうになる。
「で…家出先は?言ってくれれば……連れて、行くんだけど」
『…だから、浮気相手の家』
「浮気相手って誰だよ、村上か?」
「うわぁ、これ分かってないの中也さんだけかぁ…これはクるなぁ、辛かったろリアちゃん」
篠田さんの声にピクリと反応するその人は、まだ気付かない。
言っていないのだから仕方ないのだろうけれど。
「手前…っていうかなんでこんなところにいんだよ、まさかお前らそういう仲じゃ…」
『…そうだって言ったら、信じるんでしょう?』
「え…?」
『怒りも、しないで…、っ……帰って、!!私もう大っ嫌いだから!!!』
ちょっとくらい、怒られるかなって。
叱ってくれるかなって、期待した。
なのに、この人はまたごめんなんて言って謝ってばかり。
私の事なんか、これっぽっちも自分のものにしてくれない。
「…俺が手ぇ引いて、お前、独りになんねえの?」
『元々貴方がいたってもうとっくに独りみたいなものよ、変わりないわ』
「じゃあ幸せになれるのかよ、悔やみもせずに誰かと恋愛して、後悔なんかとは無縁の生活送れんのか」
『関係ないでしょう!!?こっちはね、生まれて前世の記憶取り戻した瞬間からとっくに絶望して生きてる化け物なのよ!!死んだって変わんないのにそれが…っ、貴方なんかにどうにかできるわけ!?結局口だけだったじゃない!!』
責めたいわけじゃない、本当は。
本当は…ただ、私の事だけ見て欲しいだけで。
「そんな風に思うんなら、約束した通りに俺を殺せ」
『え、ッ…な、か、関係ないじゃ、』
「へえ、じゃあ俺といて不幸なわけじゃないんだ?」
『…ふ、こ……っ…ふ、き、決まって…ふこ、……う、で……ッ』
言ってやれば、解放してあげられるかもしれない。
だけど、そんな事。
言えるわけがない