第8章 タイムリミットとクローバー
途端に、ガチャン、と音を立てて何かをシンクに落としたり、床に落としたり。
分かりやすく、反応している。
『…そ、うなの、?』
「うん。だから、アップルパイ作っててあげたらどうかなって思って」
『………食べてくれると思う、?私なんかの…』
聞いた事が、ある。
弱気な口癖だ、すぐにそうやって、自分なんかと過小評価してしまうのも。
やけに自信がなさそうなのも。
「勿論。だってカゲ様、リアちゃんの手作りが世界で一番大好きだから」
『…そ、うかな?でもその、ほら…いいよ。多分……無理させる』
「本気でそう思ってる?カゲ様だよ?」
『だって、リアは多分要らないから』
確かに、聞こえた。
落とした食器や調理器具を集めたり洗ったりする音に紛れはしていたが。
そんな風に、言う奴だったか?
それにしても、そうだとしても、そんな発言が聞けていたとして…俺がついていながら、そんなに思いつめさせたままでいさせたか?
あの蜻蛉だぞ…お前を、俺よりもずっとずっと、一人の女として愛しく想い続けている男がだぞ。
何を言っているんだ、あいつは。
「…カゲ様が食べないなんて言ったら、私が全部食べるよ?だからもう一個、作ったげて」
『もう一個って、その…ほ、本当に?本当に、いると思う?』
「うん。ああ見えて繊細なの知ってるでしょ?」
『……そ、だっけ…そっか、帰ってくるんだ。…ふうん、そっか』
声が、震えているような。
今にも泣き出しそうな、そんな、痛々しい声で。
気丈に振舞ったようにさえ見えるその背中がとても小さく、怯えているように見えてしまって。
ちゃんと、泣いたかどうか?
おいおい、勘弁してくれ…お前、どんだけ俺の為に尽くすつもりだよ。
そんなに優しいんなら、もっと自分の為になるように…自分に使ってやれよ、そういう気持ちを。
言いたいのに、言ったら…多分、リアの思いを根こそぎ踏みにじることになってしまうような気がするから。
だからこそ、髏々宮が自分から行ったのだろうけれど。
「……おい、夏目。手前、俺に言わなかったのは…俺に気をつかってか?」
「…ううん?寧ろ、ちょっとくらい痛い目見させてやろうとさえ思ったくらいだけど…流石に言えないでしょ。記憶なくしてる友達に向かって、そんなこと」
友達、か。
…それを、作ってくれたのさえあいつだってのに。