第2章 桜の前
~妖館~
「あらあら、ほんとによく眠ってるわねぇ…不眠症じゃあなかったかしら?」
「不眠症っていうかまあ…あれだ。安心できるところでなら眠れるんだよ」
「それがあんたのところってのもねぇ。なんだか起こすみたいで申し訳なくなってきたわ」
一反木綿から褐色肌の男に姿を変え、眠りについた少女を寝室に運ぶべくして抱える。
そして彼女の部屋に着いたところで、シルクのカバーのそのベッドに横にすれば、途端に目を覚まし、淡い蒼色の右目を開く。
『…連勝』
「おー、おはよ。どうだったよ眠り心地は」
『今日は…結構眠れた。面白い人で遊んでたからかなぁ』
「まさかマフィアになんか入るとは思ってなかったけどな」
髪に触れられる…そして、頭にも。
私が私でいていい居場所。
私が楽になれる場所。
「ま、俺がもう少し力のある先祖返りなら良かったんだろうが」
『連勝がいなかったら私、どうやって眠れるの?』
「そういう相手が出来るまでならいつでも力貸してやんよ…まあ大丈夫じゃないの?またここも賑やかになってきたし」
メゾン・ド・樟樫…通称“妖館”。
最高級のセキュリティ一をもつマンションで、一世帯に一人の専属シークレットサービスがつく。
『ふふ、ますます私も退居の道まっしぐらかしらね』
「…いや、お前一応俺のシークレットサービスだろ?大丈夫大丈夫」
『……頼りないシークレットサービスもどきでごめんね』
「俺より強いからオッケーオッケー」
しかしここの住人に一人、厳密にはシークレットサービスでもなんでもない、ただの居住者がいる。
それが私。
『いやいや、だって私…』
「…だぁいじょぶ、皆強いし。それに、お前だって強い…昔の男は忘れるもんだぜ?」
『私の男なんかにしないで。そんなの後にも先にもいないわよ…お風呂入ってくる』
「はいはい、今日は“どうする”?」
『………久しぶりに“洗ってもらう”』
「ほんとに今日機嫌いいのな」
機嫌も良くなる、あんなに面白い人久しぶりに見た。
残夏とか連れて行ったらもっと面白そう。
まあ、相手には嫌われてるかもしれないけれど。
お風呂から上がって、反ノ塚を部屋まで送り、それから私は展望室で過ごす。
庭も空も見渡せるこの場所で。
今日は嫌な気配がする…少し嫌な空気が伝わってくるのだ。
それはすぐに私を襲うこととなる。