第6章 スカビオサの予兆
『あわあわ〜♪ちゅーやさんのにおいの泡〜♪♪』
「楽しそうなのはいいけど、俺のにおいって少し語弊があるぞそれ。どっちかっつうとお前の方が先に浸かってんだからお前のにおいだろ」
ご機嫌な様子の人魚姫様に訂正すべく、髪を洗いながら浴槽の方へと目を向ける。
楽しそうでなによりだが、ほんと、本性晒すとこんなに素直…というか、狐の時ならあんなにビクビクしてんのにこっちだと気楽なんだな、なんて。
まあ陸上に一人でいる時に変化したところで身動きが取れなくなるだけだから、誰かがいなけりゃ変化も出来ないのだろうが。
そう考えると、ある意味素でいられる状態なのだろうかとも考えられる。
尻尾の先の方のくびれから、ヒラヒラした綺麗な薄手のひれが湯船から顔を出していて、それが揺れに揺れている。
はしゃいでるのならそれに越したことはないが。
髪を洗い終えたところでリアの方をもう一度向くも、そのはしゃぎようにやけに甘やかしスイッチが入りそうになる。
いや、風呂で何をどう甘やかせるのかなんか分かんねぇのに、俺は一体何を…
「リア、長風呂するか?アイスでも持ってくんぞ」
『!!お風呂でアイス!!?♡』
えらい食いつきだ、大成功ってか。
思い付きでも言ってみるもんだな。
「よし、じゃあ用意してくるから浸かっとけ。飲み物も取ってくる、折角なら長風呂しようぜ」
ぱああ、と目の前を輝かせたように分かりやすく反応してくれている…のだが、それは少ししてからすぐにピタリと止まって、やっぱりいいと断ってしまう。
「?なんでだよ、俺に遠慮してとかならやめろよ?風呂に浸かりながら飲み食いすんの結構好きだし」
『や、あの…じゃ、あリアが用意してく「いやなんでだよお嬢様」だ、だって中也さん台所行っちゃうんでしょう、!?』
今度はこちらが静止する番だった。
なんだこいつ、もしかして気にしてたのはそこか?
俺が台所に行って何が心配で…いや待てよ、こいつの事だ、分かってる。
どうせまた想像以上に意表を突いてくるに決まってんだ、知ってるんだぞ。
「…そんなにダメか?」
『だ、ダメっ』
「……もしかして離れたくねぇ、とか?」
ぷしゅ、と顔から煙を出して大人しくなってしまう少女に、顔が緩む。
ほう?
そうかそうか、そういうことか。
「んじゃ、一緒に行こう。連れてってやるから好きなの選べ」