第6章 スカビオサの予兆
さすがに分が悪いと判断したのか、大人しくそのまま立ち去っていったAを見届け、突如として現れた芥川さんが羅生門を解除する。
「…立てるか」
『……何にも、されてないですよ私』
「何にもってお前な…、というか、いつからこいつの保護役なんかしてたんすか」
「?…ああ、嘘だ」
嘘、って…
そんなこと言う人なんだ、この人。
「だが、首領が白縹を切り捨てるなど如何なる状況に置かれても有り得ぬこと。それに、僕はある人から…個人的に、白縹のことを頼まれている」
『?…ある人って?』
「それは言えぬが…先程は、何をされていたか聞いても?」
『…何にも』
「…中原幹部には、伝えぬが」
『!!…、…何でも、ないです』
「言わぬなら、そこの立原に問いただすことになる」
『じゃあ、それで』
ええ!?と狼狽える立原君の方に向き直った芥川さんが事情聴取を開始するが、私の様子を見てただ事ではないと察したのか、彼の口から何かを言い出すことはしないでいてくれる。
まあ、もしかしたら私が弱みを握っているのも関係しているのかもしれないけれど。
「…すみません、俺にはとても。本人の希望、なんで…見逃してやってくれませんか」
「……次はないからな」
ぽふ、と間抜けな音とともに、全く痛くない布の感触が頭に触れる。
それにえ、と顔を上げると彼の異能により変形させられた外套に撫でられていて、それどころか敵意は全く感じられなかった。
ほんとに、私の保護なんて…?
そんなに私と接したことなんてないはずなのに…あれ、でもそういえば私が立原君に斬りかかった時も、やろうと思えば止められたはずだし、この人程の実力なら怪我くらいさせられていたっておかしくはなかったはずで。
コツ、コツ、と歩いて立ち去っていくその人の姿が見えなくなってから、立原君が私の方に回り込んでくる。
「…お前、なんで助け求めねえんだよ」
『…内緒のひとつくらい持っといた方がそそられない?』
ただの強がりだ、こんなもの。
「あいつ、さっきお前の本名呼んでたじゃねえか」
『呼ばれただけよ、気にしないで』
はぁ、とため息を吐いてから。
彼は私のトップスの中に両手を入れる。
ピクリと反応してしまうのだけれど他意はないらしく、外された下着のホックを止めて正してくれた。
「……大事にしろよ、女だろ」
『…ん、』