第6章 スカビオサの予兆
『…カゲ、様…カゲ様、?……なぁに、挨拶…??』
少し勢いが柔らかくなる。
突然現れたそいつ、青鬼院蜻蛉にはやはりどこか気を許しているらしく、少し落ち着きを取り戻したようだ。
「そうだ、挨拶だ!とりあえずは顔を見せて欲しいのだが?」
『マスクつけてる人に言われたくない』
「正論だなぁ、正にS!!!…ならば面と向かって話そうじゃあないか」
ドミノマスクを外したそいつの瞳は、やけに哀しげで。
初めて見る蜻蛉の素顔に…何よりもその堂々とした圧巻の佇まいに、気圧される。
『…カゲさ、ま…おかえり…っ、お帰りなさいカゲ様ッ!!いつまでいるの?今度はもう置いてかない?リアのこと連れてってくれる??』
「ふはは、その姿を見るのは実に数年ぶりだが…リアちゃんよ、少しおいたがすぎるぞ?……自分の身体に」
『いらない、リア、カゲ様がいたらそれでいい。だからいらない!いらないの…ねえ、あげるから頂戴…リアの全部あげるから、カゲ様のこと頂戴…っ』
「私でいいのか?妥協をしているのなら聞いてやらないぞ」
『妥協…?』
「今日は本当に私に会いたくて呼んでいたのか?」
ピタリと、妖力が止む。
「ずっと呼んでいただろう、同じ人間のことを」
へた、と座り込む彼女は蜻蛉に支えられ、真っ黒なそれを含めた十本の尾をへにゃりと垂れさせる。
『……来て、くれないの。…返事してくれない…待ってくれない。届かなくて、』
「ほう。お前から向かいはしたのか?その相手には」
『行、けない…行った、ら………リアが行ったら、死んじゃ…ッ』
「…生きているぞ、今。ちゃんとそこにいるではないか」
意味が伝わって居ないはずの蜻蛉の方が、どうして俺よりもしっかりしているのだろう。
『り、あ…リア、がいたら死んじゃ…ぅ、……だ、から…置いてかないって、言ったか、ら…っ』
「……おい、勝手に殺すな俺の事を」
ビクリと身体を跳ねさせたリア。
今度は届いてるな、俺の声。
『…本物、?』
「お前に噛まれた噛み跡までちゃんと本物だぞ」
『待、っ…こっち来ちゃ、……ま、た…死ん、…っ?…??カゲ様、が…あれ??…どこ、ここ』
やけに、混乱しているような。
『……気持ち悪、い…』
口元を抑えて、嘔吐する。
何だ、何が起こってるんだお前の中で。
ただ一つ分かるのは、俺が原因ということだけ。