第5章 蛋白石の下準備
「お前あんなん本気で真に受けたのか?流石にノリでそこまでしねえぞ俺は。なんでお前が怖がるの分かってんのにそこまで迫るんだよ」
『……そ、か。…そっか、…ふふ』
ほんとはちょっぴり下心もあったようだけれど、私の反応を見て早々にその選択肢は打ち消したそう。
優しい人だ、相変わらず。
「高校生の餓鬼にゃまだまだ早ぇんだよ、大人の世界は」
『中也さん私とそんなに身長変わらないくせに』
「何か言ったか??」
子供扱いしているようで、その実私という人を見て、考えてくれた結果だった。
ああいう言い回しをしたのは故意的なものではなく、ただ事実を述べただけ。
そしてあそこまで言い切っていたのは、カゲ様に宣戦布告すると共に私を完全に独占し、自分のものであると知らしめるためでもあったらしい。
読めば、伝わってきた。
『そ、それで我慢できずに手出してるなら世話ないですよ』
「えっ、好きな女があんなに唆る反応してんのに我慢出来る奴いんの?」
『……調子いいです』
彼の背に腕を回してみる。
こういう触れ方なら、慣れてきた。
落ち着く…おかしくなっちゃうことも、それを見て軽蔑されることも無い。
私も大概、餓鬼でいられることにホッとしているのだろうか。
「やっとこっち来た…どうしたよ、デレたのか?」
『…うん』
「へえ…びっくりした。……いいぜ、うんと甘えときな」
お許しが出てしまったので、本能に抗えなくなってくる。
ただでさえ素直になっちゃうのに、変化してると。
グリグリと彼の胸元に顔を埋めるように擦りついて、それでまた撫でられるのに尻尾を振る。
気持ちぃ、甘えさせてもらえるの。
この人、好き。
頭の中にあるのは、シンプルな言葉。
しかしその中には数え切れないほどの感情や思い出が詰め込まれていて、一言で纏めるにはその言葉が一番適切であったのだと…ようやく知った。
「どうしたどうした、タックルしてるか?もしかして」
『…マーキング』
「マーキングって、そんな猫みてぇな………、ちょっと待てよ」
ゴソゴソと近くに置いていたらしい携帯を手に取って、何かを見始める中也。
そして少ししてから顔を固まらせ、はぁ、と嬉しそうにため息をついた。
「もう、ほんと…かわいんだけどお前」
普段眉間に皺を寄せているその人が、眉尻を下げて笑うから。
また、胸が鳴る。