第5章 蛋白石の下準備
何も他に映らない世界。
彼と、私と、紅色だけ。
おかしいな、私の能力をもってしても彼の傷が塞がらない。
とっくに息を引き取った人間は、いくら致命傷を治癒したところで生き返りはしない。
彼に抱きしめられたまま、動けないだけ。
…動けなかっただけ。
『、……ッッ、!!』
「…、っと…起きちまった?」
視たというよりは、印象に残りすぎて夢で見てしまった方だ、今のは。
冷たい感触までは残っていない…それがせめてもの救いだろう。
『…抱っこ』
「もっと?…いいよ」
苦しいくらいに、締め付けて欲しい。
ダメ、私これじゃダメ。
起きてても眠っててもこんなんじゃ、壊れちゃいそう。
『……っ、…足んない』
「…お前細っこいから折れそうなんだけど」
ぎゅう、と、手のひらいっぱいで抱き寄せる彼は暖かい。
…離れられなくなりそう。
いっその事、このまま二人でこもってしまえばいいのではないだろうかなんて、恐ろしいことまで考えてしまう。
『…中原さん…私と心中しよ』
「俺に自殺の趣味があるように見えんのかよ」
『見えない』
「だろ。それ了承したらお前死んじまうじゃん、却下…って言いたいのに、そんな顔されると飲みそうになっちまう」
『…顔とか、考えなくていいから。…馬鹿なこと言ってる自覚しかないもの』
呼吸が落ち着き始める。
嫌な寝起きだ…しばらくこんなことなかったのに。
貴方がいないと、まともに寝ることさえままならない。
「…いいんじゃね?馬鹿なこと言ってもよ…もしもの時は多分、俺も馬鹿になってそれ受け入れちまうし」
『は、…言ってる意味わかってんですか、それ』
「当たり前だろ、敵さんの思うつぼになんか絶対ぇなってやらねえよ俺は」
『…い、や…そこじゃなくて』
「お前になら俺の全部、預けてやるって言ってんの」
『の、脳筋なんかお断りよ…』
「言うじゃねえか…俺は執拗いぜ?覚悟しとけよ」
耳にキスして、そのまま…髪を避けて、項に口付けられる。
『ッ、ま、っ…そ、そっち嫌ッ』
「…噛まないから、付けさせて」
『ひ、っ…ちゅ、うやさ…ッ……ちゅうやさ、ん…ちゅうやさん…ッ』
いつも、項が原因なの。
私の命の終わりも、怖いのも全部。
いつもそうなの。
「…ん、食べねえよ。…ここ俺のって付けたかったんだ」
初めての痛みだ、それは。