第5章 蛋白石の下準備
たった今、付き合って少ししか経っていなかった恋人に振られた男が、その女を好いている男と二人で座っている。
「……貴様、何故あそこで追わなかった。分かっているのだろう?リアが本意ではないことくらい」
「簡単に言いやがって。…分かってるから、今は落ち着くまでそっとしといてやりてぇんだよ」
「!その様子だと、諦めるつもりは無さそうだな」
「当たり前だ、今更何言ってやがる。こちとら死んでもあいつの面倒見るって決めてんだ」
その言葉に嘘はない。
彼女が俺に先程触れていた手からは、恐怖が滲み出てきていたんだ。
嫌いな…都合の悪くなった男を振るのに、あんなに震えて泣き出しそうになる奴がいるか。
それもあのリアがだ、それは恐らくないだろう。
けれど、確かに彼女は自分のためだと言った。
何をどう見ての自分のためなのか、聞きたいことは色々あるが、恐らく今一番その何かに対して恐怖しているのはあいつなのだから。
俺に踏み込まれると、何かが壊れてしまうといったような顔をしていた。
「…俺、あいつのああいう顔苦手なんだよ」
「……ちなみに、シークレットサービスの契約も破棄されそうな勢いだったが?あの言い方では」
「いいよ、そうなりゃ好きなようにストーキングするだけだ」
「家はどうする?私の部屋を使うか?」
「それについてだが、俺は出るつもりねえぞあいつのところ…このまま放っておいてみろ、また不眠生活に逆戻りってことだろう?」
上手く説得できる気はしない。
しかし、彼女との交渉のしようがないわけではないのだこちらには。
あまり好かない取り引きにはなってしまうわけなのだが。
「泣かれちゃ俺も負ける気がしちまうけど…まあ、何とかやるよ。あんた実は結構良い奴だろう?…放浪とか言って、恋愛感情持ってねえからって理由で好きな女遠ざけてるなんか馬鹿じゃねえの」
「んん?なんのことかな…ちなみに貴様がリアと契約を解消する場合、奴はちゃっかり私と籍を入れることになるはずだが?」
「あんな泣きそうな顔してる好きな相手に迫れんのかよ」
させるつもりはこれっぽっちもないけれど。
「一つ助言をくれてやるならば、あの表情は何かを視てしまった時のものだ。貴様の感情でないとすれば…」
未来か何かではないかと、予想できる。
青鬼院の言葉に、リアの言った事情という言葉が重なった。