第5章 蛋白石の下準備
だから、ごめんなさい。
視えてしまった未来の彼に向けて謝った。
目の前の彼のことは、もう考えられなくなっていた。
こんな事って、あるのだろうか…私は結局、疫病神の妖狐でしかないのだろうか。
「後悔って…」
『いいから、貴方のせいじゃないから…、お願いします』
「……それは、あれか?…俺、振られてる?」
『…言、ってるじゃないですか。……関わんないでって』
指輪を渡したその日にだ…彼の誕生日、その前日にだ。
私が彼に向ける好意を自覚したそのすぐ後にだ。
これからの話をいっぱいしていたはずなのに。
これからなのに。
なのに貴方は、私のせいで不幸になる。
私のせいで冷たくなって、動かなくなっていく。
「………そ、うか。…ま、あ…何かあったら、いつでも話くらい聞くし。…嫌じゃないんなら、頼ってくれていいからよ」
一番戸惑っているはずの彼は、どうしてそんなにも大人なんだろう。
私はこんなにも理不尽を強いて、こんな形で貴方のことを裏切っているのに。
泣くな、私が泣くな。
彼の前で、私がこれ以上望んじゃいけない。
望んだこと自体が間違いだった。
巻き込んだのがいけなかった。
出逢ったことが、もうあってはならないことだった。
『…ごめんね』
立ち上がって、覚束無い足で個室のそこを出ていく。
彼の手の感触が呆気なく消え失せる。
あんなに優しかったのに。
あんなに暖かかったのに。
あれ、私なんでこんなに苦しんでるんだろ。
彼の方が、よっぽど苦しいはずなのに…やっぱりダメな奴だ、私。
走って、妖館に戻って、自室に向かう。
「!おお、リア。もう食事は終わっ…」
『ごめん連勝、今ちょっと…無理』
「……あんた何したの?」
「びっくりするほど心当たりないんだけど。……あいつ、泣いてたよな」
エレベーターに乗り込んで、自室でベッドに倒れ込む。
ああ、どうしよう、この部屋じゃ消えない。
彼のにおいが、彼の温度が…彼の表情が、彼との記憶が。
消えない、どうやっても消えてくれない。
私が忘れなくちゃいけない。
彼を傷付けてでも遠ざけなきゃならない。
だって私だけが分かっている。
『……、ざまぁみるのは私の方よ』
私に見えた事実は一つだけ。
私といると…私の元にいさせると、中原中也が殺される。
ただそれだけだ…それだけが、嫌だったんだ。