第5章 蛋白石の下準備
窓のついていない壁面に挟まれた路地で、彼がこちらを振り返る。
それに慌てて手を離せば、彼は首を少し傾げて不思議そうな顔をした。
「どうした?…何か呼ぼうとしてたか?もしかして」
『えっ、…な、なんでも』
「…なんでもないなら、まあいいけど」
どこか納得のいってなさそうな表情でははあるけれど、それ以上は詮索されなかった。
彼から触れられる分には構わない。
恐らく、私の能力を気にもしていないからこそのそういう行為だろうから。
しかし、彼が予想していないタイミングで私が触れてしまうのは、プライバシーがあまりにも無さすぎるような気がしてしまって。
…いや、単に触れられたくないと思われるかもしれないと怖がっているだけなのだろうか。
「?……簡単に生えてきちまったけど、えらくしょげてんな。どした?」
私の顔を下から覗き込むようにして、しゃがむ。
その目に捕えられてビクリと身体が震え、硬直する。
『い、ま…見られる、の………こわ、い』
「怖いって……、やっぱり何か悩んでるんじゃないか?」
『な、悩みとか大したことじゃな「思い当たる事はあるんだな?」ぁ、…な、んでも』
はしゃいでる分には、私の耳はピンと立って尻尾は無意識に揺れてしまうから、分かりやすいらしい。
そしてそれは逆も然り。
視覚的に捉えられてしまう程に…変化が治らないくらいには考え込んでいるらしい。
「大丈夫だったら、ちゃんと俺の目見て言ってくれ。…そうじゃないなら、なんで怖いか教えて欲しい」
聞き方が、ずるい。
私が嘘をつくだなんて思ってもいないような聞き方して。
そのくせ私が誤魔化したらこれだ、どの道貴方にはお見通しなのだから。
『………、わ、私悟りの先祖返り…だか、ら』
「あ?んなこと知ってるよとっくに」
『…私の方からいきなり触れたら、困るかなって』
「……なんで?俺何も困らねえよ?」
ぽん、と簡単に私の頭に手を乗せるその人。
呆気なく、触れられた。
彼の方から。
目を丸くしていれば、微笑んで言う彼はいつものように優しい声色になる。
「俺に、触れたくなったのか?」
聞かれる問いに、少し間を空けて彼の目を頑張って見つめてから、小さく頷く。
「そうか。いいよ…いつでも、どんな触れ方でもいい。俺は困らないから……優しいよな、本当。優しすぎるお前は」