第5章 蛋白石の下準備
「へえ、そうか…浮かれてんだ?」
『………、…あん見ないで下さい変態中也さん』
メニューを顔の前で持って視界を遮る。
そんなに興味津々そうに見られると、さすがに恥ずかしい。
「なんでだよ、いいじゃねえか見るくらいのこと」
『…変化しちゃいそうだから勘弁して』
「ほう…そんなにか。……へええ?」
これはドキドキとは違う。
言うなればそう、ムズムズだ。
爆発しそうなものを必死に平生を装おうとしているのだからこうもなるだろう。
…なんか色々と出ちゃいそう。
無意識に内股を擦り合わせて気を紛らわそうとして、余計に変な気分になってきた。
『ん、…わ、私こんな変化しそうになることとか無かったか、ら……に、苦手なのっ、抑えるの…だからぁ……!』
「…いいじゃん、浮かれてんの。はしゃいでるんだろ?楽しいってことじゃねえか…恥ずかしいこと何もねぇよ」
『そ、それは物は言い様ってやつで!!……ちゅうやくんいるのに普通とか忘れたもう…っ』
へにゃりと机に突っ伏すようにうつ伏せになる。
力抜けてきた、やばい、耐えなきゃ。
こんな人目に付くような所で変化なんかしたら騒ぎになる。
それどころか中也にまで迷惑かけることになるんだから。
「……外出るか、一旦また路地に入ろう。流石に辛そうだ」
『、…ごめんなさい』
「謝るような事じゃねえって。はしゃぎすぎて恥ずかしくて必死とか寧ろ萌えるし」
何を言っているのだろうかこの人は。
そんな趣味あったっけ…小さい頃なんか、年不相応に大人ぶって、やけに子供っぽいのを邪険にしていたくらいの性格だったのに。
席を立った彼についていくように立ち上がる。
そして、ふと彼に触れそうになって…寸でのところでやめておいた。
あまりにも、軽率すぎるかもしれなかったから。
これだけ世話を焼かせているのに、これ以上私が何を望んでいいというのだろうか。
視界の端々に映る道行く人達が、どこか遠い世界の人達のように思えてならない。
私に触れられるの、多分あんまり嬉しくないと思うから。
普段だって、理由は色々あれど手袋をしているくらいだし。
…私が触れるということは、意識していても心の奥底を読み取ってしまう恐れがあるということであるし。
だからきっと、私は彼に直接触れるべきではないのだろう。
そっと彼の外套の端を摘んで、着いて行った。