第5章 蛋白石の下準備
「人魚って海に住んでるもんかと思ってた」
彼の想像にぷ、と笑みが零れる。
『ふふ、私これでも人間なの。人魚になっちゃうけど…おかしい?』
「なんでおかしいんだよ、そんなに綺麗なのに?…へえ、人間なあ…前世は妖精か何かなのか?」
彼の発想に目をパチクリさせて、キョトンとする。
妖精…?私が??
面白いこと言うのね、この子。
って違う違う、今は年下なんだってば。
『……妖怪の間違いじゃなくて?』
「妖怪にしちゃ可愛らしすぎんだろ…なんでこんな所に来た?危ねぇぞ、ここ」
貴方に会うために、なんてこと口が裂けても言えそうにない。
というかさっきから胸がドキドキしてたまらないし、なんだか体まで火照ってきてるし…変なの。
『危ない?私、ここ好きなのに』
「!変わった奴だな?…まあ、俺が一緒にいるうちはいいけど…この辺やんちゃしてる餓鬼がおおいからよ。それにやべぇ奴らが出入りするし…抗争地帯にさえなるくらいだから」
『…中也君が一緒にいてくれるなら大丈夫なんでしょう?』
「……まあな?」
『……なんで、こんな島の端まで来ちゃったの?海なら、もっと本陸に近い方にもあるでしょう?』
「さあ、なんでかね…なんとなく、こっち側の方が好きなんだよ。あまりにもこの場所が神秘的すぎて、いつか人魚が泳いでくるんじゃねえかって想像しちまってたくらいにはな」
冗談ではなかったらしい。
恐らく、本気でその記憶が…イメージだったとしても、ぼんやりと残ってしまっていたのだろう。
私は、彼の取り込んだあの存在に直接触れた人間だから。
彼自身と面識がある訳では無いのだがそこに宿る者に関与してしまったのだから、可能性としては考えられる。
『どんな人魚さんイメージしてたの?』
「ん?変なこと聞くのなお前…そうだな、丁度髪も目も、お前みたいな色してる奴。ただもっと髪は長かった……それに背もあったから、多分もっと大人だったんだろ。それと…月明かりが反射して、あんたみたいな綺麗な色の鱗だったさ」
って、イメージなのになんで見たことあるみたいな話になってんだろうな。
なんて言って笑う彼に、喉が焼けそうになる。
ああ、これ以上の幸せはない。
家族にさえ、日頃は忘れられたかのような存在の私を…そんな風にでも、刻み込んでくれた人がいただなんて。
これが、今の私と中原中也の出逢いだった。